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180. 気が付いたら読書をすることを忘れていた


エッセイを全部読んで空前のオードリー若林さんブームが来たり、ボーダレスアクトレスといった小説を読みまくっていたのに、知らない間に2ヵ月程読書がストップしていた。
他に集中したいことが出来ていて知らぬ間に途絶えてしまっていたのかもしれない。


ここ数日ネガティブスパイラルから脱出が出来ず、色んな策を通して解決しようとしていた。
人に会って話すのが一つの方法だと思い、たまたま人と会う約束が乱立していたためそこで打開しようとした。

実際会って話すと不思議なもので、何度も何度も自分の脳内会議で議論された話なのに、同じ内容を言葉にするというだけで全く違う印象を受ける。
さらに相手の反応、意見、共感、アドバイスによって厚みが増し、進化した答えとなって自分に戻ってくる。
そしてたまにしか会えない人からの話であれば、なおさら跳ね返りが強い。
だからこういう貴重な機会を大事にしていきたい。


だが残念ながら毎日色んな人と会って悩みを話すことはできない。
一人で過ごし解決策を編み出していく時間の方が長い。
悶々の処理に苦悩しながら。
そういった時に頼りになるのが本であるというのをすっかり忘れてしまっていた。

久々にオードリー若林さんの「社会人大学人見知り学部 卒業見込」を読み
つい数か月前感じた感動が蘇ってきたのと同時に、つい数か月前感じた感動をすっかり忘れてしまっている自分に気付いた。
まるでテストが終わり少し経って振り返ると全く知識を思い出せなかった時のように。

たった数ヵ月で思い出せてよかった。
じゃないときっと何年もこの本の存在を忘れてしまうところだったと思う。


自分は何かにハマると全部そこに目が行ってしまう。
広く浅く満遍なく楽しむのではなく、ピンポイントでガッと集中する。
だから別のブームが来ると、まるでその時のブームがなかったかのように忘れてしまうのである。

まさにその現象に陥っていた。
陥ってしまうとどうなるかというと、せっかく精神安定剤として見つけた本のことを忘れ、自分を安定させてくれる本はない!と決めつけまた1から本探しを始める。
なかなか見つからない・・・
自分に合う本はないのだ・・・
と勝手に卑下していってしまうのである。


これらは別に本探しだけの話ではない。
自分は人生での頑張りや一生懸命取り組んだこと、そして成功体験といったもの。
そういったものたちをすぐ脳内のHDDが消去をしてしまう。
一通り区切りがつくと自動消去される機能でもついているのだろうか?
きっとこれもなかなか自信が持てない原因の一つなのだろうと感じる。

完璧主義が出てしまうのか
そんなこと出来て当たり前だ。むしろもっと早く達成しろよ!
と脳内でヤジが飛ぶ。
そしていつもそのヤジを
関係ねえ!俺は最後までやり切った。めっちゃすごいんだぞ!!
と吹き飛ばしてあげることがどうしてもできない。
いつもヤジに屈服してしまう。

もっと自分に優しくしてあげなさいや・・・
と言われるのだが
分かっていても出来ないから悩んでいるのだ・・・


せっかく読書の存在を思いださせてくれたのだから
もう一度読んでいこうと思う。

きつい脳内ガヤに対する防御壁を強くしていくために。

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