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2020年JPCA冬季セミナー  糖尿病でプロコン ~高齢者にSGLT-2阻害薬,GLP-1受容体作動薬使う?~

2020年2月8日に,若手医師のための家庭医療学冬季セミナーで「糖尿病でプロコン!~病院総合医が議論します~」を開催しました.糖尿病診療において,賛否両論あるポイントを肯定側(Pros)と否定側(Cons)に分かれて,診療における考え方やエビデンスの紹介を行いました.お題は以下の2つ.
◆高齢者にSGLT-2阻害薬,GLP-1受容体作動薬使う?
◆治療開始時のインスリン分泌能の評価、自己抗体測定する?
この記事では,「高齢者にSGLT-2阻害薬,GLP-1受容体作動薬使う?」について振り返ってみようと思います.まずは症例提示です.

症例提示
自宅独居の80歳の女性で,服薬管理は何とか家族や訪問看護の力を借りて可能である.自己注射は難しく,訪問看護などで週1回なら何とか可能な状態であった.
ここ数年で心不全,尿路感染での入院歴がある.
血糖降下薬としてメトグルコ・DPP-4を極量まで入れているがHbA1c 9.2で随時血糖が300を超えている.
身長 150cm,体重 40kg,BMI 17.7,腎機能は正常(CCr 30以上).

この高齢女性の血糖管理をどうするか?SGLT-2阻害薬やGLP-1受容体作動薬を使用するのかというのが争点です.

Prosの意見
◉SGLT-2阻害薬とGLP-1作動薬はいずれも、メトホルミンに次いで心血管イベントの低下が期待される薬である
◉この2剤は、高齢糖尿病患者で最も避けるべき副作用である低血糖を起こしにくい
◉インスリン分泌能をチェックしたうえで適応を判断し、副作用をモニタリングできれば2剤とも高齢者にも使える
Consの意見
◉ランダム化比較試験(RCT)でいい結果がでても,目の前の患者に使用していいかは分からない
◉心血管イベントを減らすということの意味を考える
◉新規糖尿病治療薬は高すぎる

<使用してもいい側(Pros)の主張>

■治療のゴールを患者ごとに設定しないと、その患者により良い薬を選ぶことはできない

 高齢糖尿病患者にとって、よい糖尿病治療薬の特徴として、以下のものが挙げられます。

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 高齢糖尿病患者では、認知機能や細小血管障害による合併症(神経、眼、腎障害)は血糖が低いほど生じにくいのですが、大血管障害による合併症(心血管疾患、脳卒中、末梢動脈疾患)や老年症候群は、血糖が低すぎても悪化してしまいます。高齢糖尿病患者とひとくくりに言っても、実際は様々な背景の患者がいます。以下のように、治療のゴールをどこに設定するか?によって、その薬が役に立つかどうかの判断が変わってきます。

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■“糖尿病治療薬のペンタゴン”を使ってSGLT-2阻害薬とGLP-1受容体作動薬をプロファイルする

 糖尿病の薬を選ぶにあたって考慮する要素には、効果、作用機序、副作用、コスト、アドヒアランスの5つがあります(これを“糖尿病治療薬のペンタゴン”と命名します)。
 SGLT-2阻害薬のプロファイルはこのような感じです。

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 一番の強みは心血管イベント低下作用だと思います。DAPA-HF試験(N Engl J Med 2019; 381:1995-2008)では、非糖尿病患者でも心不全増悪と心血管死亡の複合エンドポイントが減少したという結果も出ました。糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の副作用が気になる方もおられるかもしれませんが、緩徐進行1型糖尿病などインスリン分泌能の低下した症例を除けば他の糖尿病薬とDKA発症率は差がなかったという報告もあり(Diabetes Care 2015;38:1680-1686.)、インスリン分泌能が保たれている症例をきちんと選べば、そんなに恐れる必要はないと思います。

 GLP-1受容体作動薬のプロファイルはこのような感じです。

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 GLP-1受容体作動薬のおすすめの使い方は、持効型インスリンとの併用です。血糖依存性にインスリン分泌を促進するこの薬は、インスリン分泌が保たれていることが前提です。しかし、分泌能が落ちている人でも、持効型インスリンと併用することで1日4回注射が必要な強化インスリン療法を避けられるかもしれないというメリットがあります。注射というハードルはありますが、認知症などがあって毎日の内服アドヒアランスに心配があるケースでは、訪問看護師や離れた家族が週に1回注射に来てくれれば、むしろアドヒアランス向上が期待できます。

■症例にあてはめてみる

 では、冒頭の症例の場合は、どのようにこれらの薬を活かせるでしょうか。まず考えるのは、「やせているのに血糖コントロールが悪いということは、インスリン分泌能が低下しているのではないか?」、「随時血糖が高く、尿路感染症の既往もあるということは、高血糖緊急症のリスクが高そう」、「慢性心不全の既往もあるので、心不全としての予後はどれくらいだろうか」といったところです。
 わたしならどうするか? 糖毒性が解除されればインスリン必要量が減るということはよく経験されますので、一度入院してインスリン強化療法による血糖コントロールを打診してみます。その上でインスリン分泌能を評価し、①十分保たれていれば、心不全の予後改善を期待して、SGLT-2阻害薬を選択するかもしれません。開始後、陰部の痒みなどを訴えることもあるようで、そういった症例では尿路感染症を発症する前に中止したほうがよさそうです。②インスリン分泌が枯渇とまではいかずとも減ってきているのであれば、DPP-4阻害薬を中止しGLP-1受容体作動薬を週1回訪問看護師に注射してもらうかもしれません。このときは食欲低下作用によるサルコペニアに注意が必要です。そして、③インスリン分泌能がすでに枯渇しているのであれば、強化インスリン療法やミックス製剤をご提案するかと思います。

 万能な薬はありません。糖尿病患者についてまわる併存症や老年症候群をマネジメントできる総合医だからこそ、薬を使うべき患者、使ってはいけない患者を見極める力を身につけ、新しい薬も使いこなせるようになりましょう。

<使用しない側(Cons)の主張>

■ランダム化比較試験(RCT)でいい結果がでても,目の前の患者に使用していいかは分からない
 SGLT-2阻害薬もGLP-1受容体作動薬もRCTで結果を出しています.一般的にRCTのエビデンスは強固であるため,RCTでいい結果が出たら実臨床にもすぐ使っていいように思う人もいるかもしれません.しかしRCTは非常に特殊な集団を対象に治療効果をみているという認識が大切です.というのも,RCTは莫大な費用や労力がかかるためそこまで長期間は行えません(だいたい2−3年).その短期間で評価したいアウトカム(糖尿病治療薬だったら心血管イベントなど)を起こしうるハイリスク集団で,かつ治療薬の効果を邪魔する合併症がない症例を集めます.SGLT-2阻害薬やGLP-1受容体作動薬のRCTの患者群は,非常に大まかに言うと,平均BMI30(平均体重80kg程度)で,心血管イベントの既往やハイリスクがあるけど,肝臓や腎臓には問題がない比較的若い(平均年齢63歳)集団です.これは日本の高齢者の大多数とは性質が異なると感じる方は多いのではないでしょうか.RCTのエビデンスはバイアスの影響を受けにくく,エビデンスとしては強固ですが,自分の目の前の患者に効果があるかは別問題です.他の薬剤でも,RCTでいい結果が出て,大規模コホート研究(リアルワールドデータ)でそれが覆ることもあります.SGLT-2阻害薬やGLP-1受容体作動薬も,もう数年待ったほうがいいのではないかと思います.

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■心血管イベントを減らすということの意味を考える
 次に心血管イベントを減らすという言葉の意味についてです.心血管イベントを減らしたと言われていますが,具体的に何を減らしているのでしょうか.SGLT-2阻害薬やGLP-1受容体作動薬の研究のアウトカムとして用いられたのは3 point MACE(Major Adverse Cardiovascular Event)という複合アウトカムです.3 point MACEとは,”心血管死亡”と”非致死的心筋梗塞”と”非致死的脳梗塞”を足したものです.複数のアウトカムを合計して結果を出す手法を複合アウトカムと言って,アウトカムの発生数が少ない時などに用いられます.SGLT-2阻害薬やGLP-1受容体作動薬の試験では,心血管死亡や心筋梗塞など一つ一つは有意に減るわけではなく,これらの合計を減らしたというのが,結果を解釈する上で注意すべきポイントです.複合アウトカムは有意差を示しやすく,試験の方法として有用ですが,我々が実臨床に使う上では,患者さんにとって何を予防できるのかが分かりづらく,非常に使いづらい結果の示し方となります.
ちなみに,SGLT-2阻害薬の効果をみたRCTであるEMPA-REG OUTCOME試験,CANVAS試験,DECLARE-TIMI試験や,GLP-1受容体作動薬であればELIXA試験,LEADER試験,SUSTAIN-6試験,EXSCEL試験,HARMONY試験,REWIND試験など,数々のRCTが組まれていますが,どれもプラセボとの非劣勢試験です.非劣勢試験は「プラセボよりも効果がある」というわけではなく,その名の通り「プラセボに劣っていない」ことを示した研究です.事前に優越性の検定をしているので,優越性を示したと言っていいものもありますが,どれも効果としてはギリギリです.SGLT-2阻害薬においては,DECLARE-TIMI試験で有意差を出せておらず,プラセボに対しても一定の結果を出せていません.なぜ非劣勢試験しか組まれていないかと言うと,過去に糖尿病治療薬で心血管イベントを増やしたものがあり,それ以降は安全性(心血管イベントを増やさないこと)をまず示すことが推奨されているからです.これらの情報だけでは他の糖尿病治療薬よりも優れているということはできず,特有の有害事象もみられていることも含めると,積極的に使っていくことにはならないのではないかと思います.

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■新規糖尿病治療薬は高すぎる
 最後に,薬価はSGLT-2阻害薬なら月額6,000円,GLP-1受容体作動薬なら12,000円なので,1割負担でも年間7,200円〜14,400円もします.少量のSU薬やαGIならば,月額300円や900円で済むので,年金生活を送っている高齢者にとっては非常に重荷になりそうです.
そもそも目標としては長期的な予後改善というよりは,高血糖緊急や低血糖を起こさないように管理することとなります.代わりに追加するとすれば,少量のSU薬やグリニド系を使用してみるのはありかもしれません.

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<ProsとConsの意見交換を終えての総括>

 SGLT-2阻害薬もGLP-1受容体作動薬も,糖尿病治療薬の中で久しぶりに心血管イベントを抑制する可能性を示した薬剤です.少しずつエビデンスが蓄積され,とても期待できる薬剤である一方,使用する対象を厳密に選んでいく必要がある段階だと思います.我々総合内科医は特にターゲットが幅広いため,エビデンスを正確に用いることはもちろんのこと,患者さんの生活や予後も念頭に置いて薬剤選択をしてく必要があると,このセッションを通して改めて考え直しました.

(文責:平松 由布季 東京ベイ・浦安市川医療センター 総合内科,工藤 仁隆 飯塚病院 総合診療科)

※当記事の内容は、所属する学会や組織としての意見ではなく投稿者個人の意見です。
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