見出し画像

論文紹介〜大腸癌検診の受診率を上げるには?〜

わたしは総合内科の外来業務を週に1日担当しており、定期外来に通院してくれている患者さんや、別の主訴で初診外来を受診した患者さんに対して、ワクチン接種やがん検診を勧めていますが、なかなか”全員に”というのは難しいです。「自治体からがん検診の案内来てませんか?」と尋ねても「そういえば来てたような気がするけど、どっかいっちゃったなぁ笑」という返事も結構多いです。みなさんもそのような経験ありませんか?

今回は、Journal of General Internal Medicineから、大腸がん検診の受診率を上げる方法についての論文をご紹介します。

Text Messaging and Opt-out Mailed Outreach in Colorectal Cancer Screening: a Randomized Clinical Trial
Huf SW, Asch DA, Volpp KG, et al.
J Gen Intern Med. 2021 Jan 28.
doi: 10.1007/s11606-020-06415-8.

要約

背景
大腸がんの死亡率は、定期的なスクリーニングによって低下するが、スクリーニングの受診率は国の目標値を下回っており、特に医療サービスを受けていない人々の受診率は低い。

目的
大腸がん検診の受診率について、1回のテキストメッセージによる働きかけと、連続したテキストメッセージと便潜血検査キットの郵送の効果を比較する。

デザイン
2群間無作為化臨床試験

参加者
フィラデルフィアにある都市部のコミュニティヘルスセンター。大腸がん検診を受ける予定の50~74歳の成人で、過去1年間に少なくとも1回の受診があり、携帯電話の番号が記録されていた人。

介入方法
参加者は1:1で無作為に割り付けられた。対照群の参加者には、通常の診療と同様に、簡単なテキストメッセージによるリマインダーが送られた。介入群の患者には、郵送される便潜血検査キットの受け取りを拒否する選択肢を提示するプレアラートテキストメッセージをまず送信し、その後、最大3回、行動に基づいたテキストメッセージによるリマインダーを送信した。

主要評価項目
主要評価項目は、12週間後の大腸がん検診への参加。副次評価項目は、12週間後の便潜血検査キット返送率。

主な結果
440人が参加した。平均年齢は57.4歳(SD±6.1)。女性は63.4%、黒人は87.7%、無保険者は19.1%、メディケイド受給者は49.6%であった。12週間後の大腸がん検診率は、対照群(2.3%)に比べて、介入群(19.6%)で絶対的に17.3%ポイント増加した(p<0.001)。便潜血検査キットの返却率は、対照群(1.4%)に比べて、介入群(19.1%)では絶対的に17.7%ポイント増加した(p<0.001)。

結論
オプトアウト方式で便潜血キットを郵送し、テキストメッセージを送信することで、十分なサービスを受けていない人々の大腸がん検診率を大幅に改善することができる。

行動経済学を取り入れたアプローチ

この研究では、すでに効果があるとわかっている「家庭への便潜血検査キット郵送」や、「ショートメッセージサービス(SMS)でのリマインダー」を組み合わせ、もともと医療サービスの受給が十分でないポピュレーション(無保険、低所得者、人種・民族的マイノリティなど)での効果を調査しています。

この研究で用いられている行動経済学理論やテクニックを解説します。

①デフォルト・オプション, 損失回避

便潜血検査キットは郵送されるのがデフォルトで、キットが不要な人はSMSに返信するというオプトアウト方式が採用されています。人はめんどくさがりだし、失うことを嫌います。何もしなければ無料でもらえるものなので、わざわざ失うために”ちょったした手間”をかける人は少ないはずです。そうすれば、結果的に便潜血検査キットを届けられる人は増えますね。

②人はできるだけ楽をしたい

プレアラートSMSやリマインダーのSMSには、”もしキットの送付が不要な場合は「No」とだけ返信してください”や、”もしキットが送付されていなければもう一つ送りますので「1」とだけ返信してください”と書かれています。また、郵送される便潜血検査キット(検体採取用チューブと検査依頼書)には、あらかじめ患者さんの名前や関連情報が記載されていました。
便潜血検査を受けてもらうために必要なアクション数をできるだけ減らす努力が垣間見られますね。

③互恵性

互恵性とは、他人が自分に対して親切な行動をしてくれた場合に、それを返すという選好のことです。 ”通常ならクリニックに行かないと手に入れられない便潜血検査キットを無料で送ってくれた”ことにたいして恩返ししたいと感じる人もいるかもしれません。

日本ではどうか?

実は大腸がん検診受診率を上げるために検査キットをデフォルトで郵送する取り組みは、東京都八王子市で行われています。
予算効率を高めるため、郵送する対象はがん検診対象者全員ではなく、”より検診を受けてくれそうなポピュレーション”である、”昨年度検診を受けてくれた人”としています。

「今年大腸がん検診を受けてくれた人には、来年度も便潜血検査キットが郵送されます」というメッセージを添付するのと、「今年大腸がん検診を受けてないと、来年度便潜血検査キットを郵送されません」というメッセージを添付するのとを比較したところ、後者のほうが、受診率がアップしたという調査もあります。これは「損失回避」の理論ですね。
(参考文献:医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者 大竹文雄・平井啓

SMSを使ったリマインダーは、電話や郵送に比べて低コスト・低労力でとても魅力的に感じますが、米国と違った日本ならではのデメリットや導入のハードルはあるのかもしれません。


今回は行動経済学がミソの論文紹介でした。行動経済学に興味が出てきたあなたには以下の書籍がオススメです!

文責:平松 由布季(東京ベイ・浦安市川医療センター)

※当記事の内容は、所属する学会や組織としての意見ではなく投稿者個人の意見です。投稿者と書籍の出版社あるいは著者との間に利益相反はありません。
LINE公式アカウントに友だち登録していただくと、最新note記事や、当チームの主催するセミナー・勉強会のご案内が届きます。
当チームに加わりたい・興味がある、という方は、LINE公式アカウントに友だち登録のうえ、【参加】とメッセージを送信してください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?