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好きが消えるまで

大切な人の心を失った翌日、結婚祝いのメッセージを書くことになった。同僚宛のプレゼントに添える、ちょっと気の利いた言葉探し。バンザイ!大人ウエディング。そんな言葉から始めた数行の文章の最後は、いつまでも楽しい時間が続きますようにと締めくくった。泣けてくる。ねぇ知ってた?今日はクリスマスイブなんだよ。神様は時々イジワルだ。

楽しい時間を過ごした後、車の助手席でもらったネックウォーマー。直前まで彼が身につけていたものだからあったかい。嬉しい、ありがとう、幸せ。 私の言葉を聞き終わった後、彼が言った。次は誕生日に。二人で会うのはそれで最後にしよう。

なんで今?

苦しいと思ったら息を止めていた。うまく状況が飲み込めない。必死で頭の中を整理する。無理だ。何か話さなくちゃと思った。そして多分、一番聞いてはいけないことを聞いた。気持ちはもう変わらないの?彼は前を向いたまま、うんと答えた。きちんと考えて決めたから。そうでなきゃ失礼でしょ。そんな言葉を聞きながら、私に口をはさむ余地はもう1ミリもないのだろうなとぼんやり考えていた。

うんと年下の彼を好きになったのは私の方だった。週に2回、共通の空間で過ごせる機会があり、少しずつ話せるようになった。時々、嬉しかったことやお礼なんかを手紙に書いた。仕事を手伝うことになって、ラインで繋がれた。たまにメッセージを送ってみた。必要な時だけ返事が届いた。ひょんなことからお弁当を渡すことになって、それがいつしか恒例になった。少しずつ話す時の距離が縮まっていく。ただただ嬉しかった。7年前のクリスマスからずっと思い続けていた憧れの人が目の前にいる。そんな時間が幸せだった。

2年前の年末、忘年会で一緒になった。二人だけになった時に指輪をくれた。自分の小指から外して「あげる」と言った彼があまりに自然で、一瞬何が起こったのかわからなかった。手をつないで夜道を歩いて、彼のベッドで明け方のテレビを見た。

ーーー

「でも今になって子供が欲しいからってひどいですよね。」
ナンをちぎりながら職場の女の子が話し出す。ランチタイムのインドカレー店では、お昼のワイドショーが流れていた。何かのニュースから、子供が原因で離婚した芸能人を思い出したらしい。多分…長く仕事を続けている彼女も、ギリギリのところで彼との生活を頑張っているのだろう。

「そうだよね。わかったって言うしかないもんね。」
平静を装ってなんとか答えた。そう、どうしようもないんだ。最初にハッピーエンドはない、期間限定の恋だと言われたのだから。私には子供がいる。彼は幸せな結婚をして自分の子供が欲しいのだ。キミの子供の父親になるつもりはない、それでもいいかと彼は言った。初めて二人で夜を過ごした数日後、もう動き始めてしまった私に向かって。じゃぁやめますとは言えなかった。代わりに、今そんなことを言わないで。気持ちは変わるかもしれないのだからと答えた。

結局。彼は、すべてをあなたに任せると言った私の言葉を信じ、私は、中途半端な覚悟じゃないから安心してと言った彼の言葉を信じた。本当は初めからズレていたのかもしれない。新しい出会いに満ちた春が来て、彼は現実を、私は夢を見るようになっていった。

結婚を考えていたの?と聞かれ、彼は二人の未来を考えていなかったことを思い知る。優しさも温もりも嘘だったとは思わない。ただ時間軸が違っていた。彼は限定された期間の中で精一杯私を愛してくれた。なぜもう一度、それも最後に私の誕生日に会おうと言ったのか。こうやって書き進めていくうちに確信した。彼は都合よく複数を愛せない。最後まで私を愛し切るために自分の気持ちに期限をつけた。彼も幸せだった、そして彼も寂しいのだ、そう私が思えるような状況を作ってから去る。最後まで彼らしい。優しい人なのだ。真面目すぎるくらいに。

もう一度彼に会ってしまったら今よりもっと辛くなるのだろう。でも会わなかったらこの先どこにも行き着けない気持ちが残る。決めるのは私。どちらにせよ、彼は私の決断を受け入れてくれるだろう。優しい人なのだ。ズルいくらいに。

神様は時々イジワルだ。

それでも。

愛のあるイジワルは、悩んで苦しんで乗り越えた分だけ幸せを運んでくれる。涙は心を潤してしなやかな強さを作ってくれるんだったよね、神様。だから今は安心して泣けばいい。大丈夫。今までどんな時だって立ち上がれたのだから。

あなたを嫌いになんてなれない。

だからこのままの心でいよう。期限は決めずに。
私の中から、好きが消えるまで。

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