言葉で人とコミュニケーションする犬 動物の本棚(12)

『世界ではじめて人と話した犬ステラ』クリスティーナ・ハンガー著 岩崎晋也訳、早川書房
この本は、ボタンを押すと単語の音声を発するデバイスを使って人に自分の意志を伝えるようになった犬ステラの実話に基づいた本です。

自閉症児などを相手にボタンを押すと録音した声の音声が流れるコミュニケーション・デバイスを使って言語療法を行なう言語聴覚師のクリスティーナ。子犬を飼い始めた彼女は、デバイスを使ったコミュニケーションが犬にもできないかと考えました。
そこで彼女は飼い始めたばかりの子犬ステラにコミュニケーション・デバイスの使い方を教え始めます。
するとステラはデバイスを使って自分の意志を言葉で伝え始めたのでした。

プロローグで、クリスティーナが仕事に出かけようとして、彼女の夫が代わりにステラを散歩に連れ出そうとした時、ステラはキッチンから動こうとせずにクリスティーナを見つめました。
そしてステラはデバイスのところに歩いていき、デバイスの4つのボタンを押しました。デバイスからは、
「クリスティーナ」「来て」「遊ぶ」「好きだよ」という音声が流れました
ステラは言葉を用いてクリスティーナを散歩に誘ったのでした(笑)。

このデバイスはボタンを押すと録音した声が流れるので、犬のステラでも使うことができます。
クリスティーナはふだんはこれを使って言葉を話すことが難しい子どもの言語療法を行なっています。
彼女はその専門的知識を使って、ステラが本当に一つずつの言葉の意味を理解して使うように訓練してゆきます。
初めは「外」「遊ぶ」「水」「食べる」など一度に一つの単語を使うだけだったステラは、やがて言葉の意味をだんだん理解していき、クリスティーナの予想をはるかに超えて、ついには30以上の単語の中から4つの言葉を組み合わせて使うこともできるようになります。

ステラは、カウチの下に入ったおもちゃを取ってほしい時は、
「助けて」「カウチ」「遊ぶ」と伝えます。クリスティーナの出勤を見送る時は、
「クリスティーナ」「バイバイ」の二つのボタンを押して彼女を見送るのでした。

犬と一緒に暮らした経験がある人は、たいてい犬は人間の言葉がわかっているのでは、と漠然と思っていますが、この本は犬が人間の言葉を理解しているだけでなく、このデバイスのような方法を使えば自分の意志を言葉で伝えることもできるのだ、と教えてくれます。

私はこの本を読んで、子どもの時に大好きだったヒュー・ロフティング作の「ドリトル先生シリーズ」や、文字のブロックを鼻先で並べて意志を伝えるゴールデン・レトリバーの天才犬アインシュタインが登場するサスペンス小説「ウォッチャーズ」(ディーン・R・クーンツ著)を思い出しました。

この本は、かつて物語の世界だけの話だと思っていた「犬が言葉を話す」ということが自分が一緒に暮らしている犬との間でも現実に可能なのかも、と思わせてくれます。

私が心を打たれたのは、クリスティーナがひどい風邪をひいて寝込んだ時のエピソードです。
熱を出して寝込んでしまったクリスティーナのベッドの上でずっと心配そうに彼女を見守っていたステラは、ある時ベッドを降りてデバイスのところに歩いてゆき、クリスティーナを見つめながら「好きだよ」と伝えたのでした。

私たち人間は、言葉を使ってコミュニケーションできるのは人間だけだと思い込んで来ました。
だから動物などの異なる種が言葉を話す、というファンタジー小説やアニメに惹かれるのだと思います。

ふだんからステラが言葉で意志を伝えることを知っているクリスティーナにとっても、愛する伴侶動物のステラから、自分のことを純粋に思いやる気持ちを言葉で伝えられたこの瞬間は、まるでファンタジー映画で動物が自分に話しかけているような気持ちになったのではないかと思います。

私は動物がいつも人間のように言葉で話してほしいとは思いませんが、こんなふうに動物が純粋な思いを言葉で伝えてくれる瞬間なら経験してみたいと思います。

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