うさぎに導かれた月⑧
椅子から降りると恩さんがテーブルを拭いている所だった。
店内はすごくレトロな雰囲気があって
見ているとタイムスリップしたかような気持ちに吸い込まれる……
壁には額に入った絵がいくつか飾られ、色々な観葉植物が何ヶ所かに置かれてあった。
壁には茶色くなったメニューもぶら下げられている。
「ナポリタン・オムライス・ミックスサンド・トースト・パフェ」など。
喫茶店の定番と言えるメニューだけど、どれも惹かれるものばかりだった。
他には天井近くに棚があって、ブリキのオモチャだったりバイクの模型、レコードなどが並べられていてそこは男心をくすぐるものばかり。
ガタン……と音がして足に椅子がぶつかったのに気付いた。
慌てて目線を落とす。
角が丸くなって年季の入ったテーブルと壁際にあるくすんだ赤紫色のソファーが視界に入った。
……たまらなく懐かしい気持ちになった。
(僕が子供の頃に来たところか……)
それぞれのテーブルの上には
銀プレートが置かれ、その上にベッコウ色をした角砂糖の入れ物、木目調の爪楊枝入れ、胡椒などが置かれていた。
そして、その横には小さな花瓶に花がいけられ置かれていた。
どれもこれも味わいを感じるものだった。
ホントにタイムスリップしたような気持ちになっていると、店の奥から何か炒める音が聞こえてきた。
もう恩さんはいなかった。
(恩さん……調理担当なのか?)
そんな事を考えつつ、僕は一通り見終えてまたカウンターに戻った。
「今日は色々とありがとうございました。明日からよろしくお願いします。
そして、あの、、、」
お礼の後にコーヒー代を払おうとしたら
「あぁ、いらないよ。
コレは君へのお礼の気持ちだから。
コーヒーカップのお礼をしていなかったからね。
いいんだよ。」
手をパタパタさせながら少し高めの声でマスターが言った。
「えっ、、、でも」
何もしてないのにと言おうとしたら奥から
「明日よろしく~!!」
と声が聞こえた。
恩さんだった。
「じゃあまた明日ね。お疲れさん。」
とマスターも僕を押し出すかのようにカウンターから出て来て背中を押した。
「ごちそうさまでした……すいません。また明日宜しくお願いします……」
僕は頭を下げながら出口に歩みを進めた。
カウンターでおばあさんが手を振っていたので、会釈をして僕は外に出た。
カランカラン……と扉が締まると
外は青々とした葉っぱが囁くように揺れていて、とても爽やかだった。
こうして僕は足取り軽く、喫茶『雑草』を後にした。
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