生きろ vol.1

「私は笑えないよ」
そう言ってくれてよかった。
君が受け入れられないのも知ってた
でも僕にできたのは
「そこ」までだった

その日は思ったよりひどく雨が降った
僕の名前は齋藤絵仁夢
dtmというバンドの専属の作詞家だ。

「このタイル、滑るんだよな」

デートに遅れそうだった

いつもだったら革靴なんて履かない
今日は高級料理店で彼女と彼女の母親とご飯会だった。

僕は一人暮らし、
というかもうすでに両親は他界していて
彼女とはそれを踏まえたうえで付き合い
このまま結婚ようと彼女の母親と色々話ができたら
そういうご飯会だった

彼女は片親だった。

彼女の父親はどうやら水商売の女と消えてしまった。
そんな中で両親がおらず、片親でいいというのを踏まえ
付き合ってくれている僕のことを思ってくれた。
彼女の母親にもそれは伝わっており、
一生懸命彼女が説得した結果納得してくれたらしい。

カランカラン…

「いらっしゃいませ!」

店員さんが出迎え、

「何名様ですか?」

「えっと待ち合わせなんですが…」

「絵仁夢、こっち」

彼女の名前は喜多原悠子。OL。
出会ったきっかけは、元々悠子はdtmを推していて、でもメンバーじゃなくて僕の詩が好きで、dtmの所属事務所にずっと僕にファンレターをくれていて、「せっかくなんで」と交際を会社側公認である。

「すみません。遅くなりました」

悠子が呼ぶ机には彼女が飲まないのに何故か瓶ビール以外まだ何も運ばれていない。
遅れる電話はしてあったし、「先食べてていいよ」と伝えておいたのに。

「あんた、付き合ってる彼女の親来るのに遅れるなんて」

真紫の髪で、大阪のおばちゃんみたいな虎柄。色付きメガネの女性がそう言って、瓶ビールを傾けコップに入れながらその人はそういった。

喜多原玲子。悠子の母である。

「すいません。ちょっと打ち合わせが長引いたのと、雨でタクシーが捕まらなくて。電車は苦手なのもあるのですが」

呼び出しベルを押し、

「じゃあ、なにか頼みましょう。いつものにする?」

このお店は悠子とdtmのメンバーともよく来る中華屋さん。

「そうだね」

店員さんに「いつもの」と言ってから、お母様が、

「追加で瓶ビールを頼むよ」

一本目からそこそこ酔っているし、悠子が、「飲めないんだからやめときなよ」と言って、「瓶ビールはキャンセルで」と言っているうちに、一本飲み終えていて、

「うるさい! お前はいつから親に反抗的になった! もう一本だよ。あんたも私がほしいって言ったら追加しな」
店員さんは、なんだコイツは的な目線をこっちに見せ、僕らの頼んだおすすめと瓶ビールを確認してから厨房に向かって行く。

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