創作してますか

部屋の掃除をしているとかつて自分が描いた漫画やイラストが姿を見せる。というか、捨てていないので当然のことだ。ぼくは自分が描いたものを黒歴史とは思っていない。読んで、この時はこの作品が好きだったのだなぁとは思うけど恥ずかしいとは思わない。それに、自分が好きなように描いたものだから好きなのは当然だろう。今描き直せばもう少しマシになるとは正直思う。でも、その程度だ。内容だって稚拙だけど、これを描きたい! という情熱は伝わってくる。時代を超えた自分にも通じているのだ、いいことではないか。ここをこうすれば、とかは思うけどね。

絵を描くのが過ぎだった。暇さえあれば絵を描いていた。それに物語を加えて、漫画を描くようになった。読み返しているとどれも似通った物語だと気付く。こう、ラストが似通っているのだ。救いのない、バッドエンドだ。言い換えれば投げっぱなしのエンディングだった。けれども、当時のぼくにはこれが最適解だった。これ以外の終わり方は正しくない、と思っていたのにかもしれない。気持ちはなんとなく理解できる。主人公が幸せになるのが許せなかったのだろう。戦って戦ってきた主人公が最終的に幸福に包まれるのは違和感がある。だから悲劇が待っている。そんな感じだろうか。こんなに暗くしなくてもいいのに、と今なら思える。

ゲームにしてもそうだ。作ったゲームをプレイしてみるとストーリーが暗い。淡々と物語が進む。気の利いた冗談やキャラクター同士の愉快な掛け合いなどないに等しい。これは単純に力量不足なのだろう。楽しい会話を書くってのは難しい。プレイヤーを泣かせるのも難しいけど、笑わせるのもかなり難しいよね。誰しもが笑ってしまうものが書けるのなら凄腕だと思う。

漫画、描きたいな。そう思って久し振りに描いてみようと思ったが、何故だが描けない。こう、線が迷う、というか、何を描こうかと悩んでしまう。昔は大学ノートを買って家に帰ってすぐに描いていた。頭の中から溢れ出しそうなイメージを白紙に殴り描いていた。今は違う。どう描けばいいか考えてしまい、結局何も描けないでいる。とても虚しい。上手くやろう、となっているのかもしれない。好きなように描くってのは案外難しいのかもしれない。どうしてだろうね。

漫画を読むのが好きで、真似して描いた漫画。それらは今も部屋で眠っている。読者はぼくしかいない。これを誰かに読ませる、なんて今では思えない。前は友人に読んでもらっていたが、今は読んでもらうならもっと面白く、と考えてしまう。読者を想定して描くのは大事だと思うが、そんなこと気にして描いたことなんてなかった。自分が満足できればそれでいいと本気で思っていたんだ。人によっては時間の無駄だと笑うかもしれない。けれどもあの時の自分には必要な時間だった。誰にでも、似たような経験ってあるんじゃないかな。ないのかな。

創作って難しいね。でも、今もぼくは物語を考えているよ。

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