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棒手裏剣の研究 その6

房の研究としてタッセル上にした糸の束を棒手裏剣の後ろに取り付けたものを繰り返し試打していて私が感じた房の役割は「棒手裏剣を倒すためのもの」であり、研究開始当初に期待していたような手裏剣の空中姿勢を安定させるような尾翼の効果はなかなか得られなかった。
空気抵抗を受ける以上、倒れたらそれまで。房一つで棒手裏剣を安定させるなんて幻想なのかと考え始めていた。
そんな時期に通っていた道場の先輩と手裏剣の話をしていた時にふと「薔薇の花を手裏剣代わりに投げたらアニメキャラみたいで面白そう」という話になった。
こういう話は大好きなので実現出来ないかなと思い立ち、100円ショップに使えるものがないかを探しに行った。すぐに目に留まったのが薔薇の造花だった。5~6センチほどの花びらと2~3枚の葉で構成されていた。
試しに購入して手ごろな長さに茎をカットして棒手裏剣に括り付けてみた。
花弁が5つあったので5本の薔薇手裏剣が出来上がった。
茎が手裏剣になっただけで見た目は大きく変わらない。しかし先端は紛れもなく棒手裏剣。そのシュールな見た目に笑いが込み上げてきた。
どう飛ぶかなんてわからないけれども、見た目だけでも十分に面白い。
もともと手裏剣術は投げずに使う流派もある。女性の忍者「くノ一」の武器として花の茎部分に刃物を仕込んだものを使ったとか使わないとかそんな話もある。こじつけでもそれだけで十分だと思いながら、強度試験として実際に投げてみた。手裏剣は打つと言う。でもあえて感覚を表現するとまさに「投げる」だった。
その薔薇手裏剣は一直線にまっすぐに的まで飛び、垂直に突き立った。
作った本人が何より驚いた。まさかちゃんと飛ぶと思わなかったからだ。
壊れなければ御の字、期待なんて微塵もなかった薔薇手裏剣の予想外の軌道に唖然としながら残りの薔薇手裏剣を投げた。
簡単だ。打法だとか手の内の工夫などなく、ただ適当に投げただけですべての手裏剣が的に刺さった。しかも今まで見たこともないような直線軌道を描いている。
一人、道場で笑ってしまった。
冷静に一つ一つ分析してみる。
まず、手の内(持ち方)だが薔薇の造花が邪魔で直打法の手の内は使えなかった。だから反転打法の方に先端部分を持った。反転打法は270度回転するが、造花の大きさを考えると反転する気がしなかった。だからそのまま投げた。
飛び方を例えるなら紙ヒコーキを投げたような感覚だった。
薔薇の造花が巨大な房の役割をはたした。それはまさに紙ヒコーキの翼、房の研究をしながらずっと考えていた操舵翼だった。そして手裏剣本体が重りの役割を果たし、先端を折って重くした紙ヒコーキのような鋭い直線軌道を描く要因になったようだった。
軽量で巨大な空気抵抗が後ろにつくことで飛行姿勢が保たれる。しかも、張り出した花弁や葉のおかげか進行方向に対してジャイロ回転がかかり軌道も安定して手裏剣の切っ先が常に前を向き続ける。試しに3間(5.4メートル)から投げてみたが安定して刺さってしまう。3間というのは手裏剣を始めた人が最初に壁を感じる距離で、手裏剣術においては長距離に分類される。それをいともあっさりと刺さるのだ。
見た目だけおもしろければそれでいいという軽い気持ちで作ったものが、目標としていたものに限りなく近い、むしろ目標を超えた出来になってしまったのだ。
想像を超える性能になった薔薇手裏剣だったが、笑ってばかりはいられない。やればできることはわかってしまった。房で棒手裏剣の軌道は安定させられる。その結果は証明されてしまったのだ。次に必要なのはここから必要なエッセンスを抽出すること。
薔薇は薔薇!目立ちすぎる!
エッセンスだけを必要最低限まで小型化する。これが次の課題だ。
まず、何がよかったかを考えた結果「大きすぎる造花」に性能の秘密があると考えた。房の大きさを考える上で大会のルールに目を向けたはいいがそこに囚われてしまったのだろう。4センチを上限にした房だけでなくもっと極端に大きいものから始めてみればよかったのだ。それに、房を糸の束と決めつけたのも失敗だった。もっと自由な発想で素材や形状を変えて遊んでいいのだ。
以上のことを考えて、ボール紙を巨大な円錐形に丸めたものを手裏剣の尾部に取り付けてみた。軽くて、糸よりも空気抵抗が大きく、流線形で飛行の邪魔はしない。
この試みは上手くいった。3間以上の距離から薔薇手裏剣と同じ直線軌道で的に突き刺さる。やはりこの形状で十分に効果を発揮する。これを棒手裏剣大会の規定の範囲内、直径1センチ、長さ4センチの尾翼まで小型化したものを製作した。期待をしていたが、予想していたほどの効果は得られなかった。その大きさでは尾翼が小さすぎて棒手裏剣を安定させるだけの力を得る事は出来なかったのだ。せっかくここまで来たのだから大会ルールに適合したものが作りたくなった。
正直に言えばこれはもはや棒手裏剣の「房」の研究とは別物だ。
これは「誰でも簡単に刺せる手裏剣」であり通常の手裏剣とはまた異なるものであることは理解していた。しかしだれでも簡単に刺せる手裏剣があったらそれこそ大人も子供も楽しめる。そんなものが一つくらいあってもいいのではないかと考えた。ルールの範囲の房や尾翼で手裏剣を安定させるには手裏剣本体を小型化する必要がある。それに、反転打法のように持って投げるのも気になる。遊びで使うにはいいが変なクセがついてもつまらない。せめて見た目だけでも「直打法の手の内」で使えることも念頭に、遊び感覚でこの「誰でも刺さる手裏剣」の開発はしてみようと考えた。
それに、決して無駄なことばかりではない。
手裏剣が飛ぶメカニズムを一つ一つ考える作業は本来の直打法にも必ず役に立つ。
例えば今回の発見の一つ、薔薇手裏剣や巨大な尾翼を付けた手裏剣の異常なくらいに直線で伸びていく軌道の秘密は手裏剣の発射角度にある。
本来直打法は手裏剣を「立てて」打つ。しかし巨大な尾翼がある手裏剣は最初から水平に近い角度で投げることが出来る。
弓矢、アーチェリー、ボウガン、すべて軽い素材の矢が数十メートル飛行して的に垂直に突き刺さる。弦の効果もあるが、やはり目標に対して水平に発射できるということは強みなのだ。しかし手裏剣は立てて打ち出す。この違いを知るだけでも術の理合は深まる。水平とまではいかずとも、射出の傾斜角度一つとってもまだまだ改善の余地は残されているということに他ならないのだ。
それに、この一見荒唐無稽な方向から思わぬ高性能な手裏剣が出来上がったことで、房本来の可能性もまだまだ広がることを自分で証明してしまったのだ。
房だけでなく本体との兼ね合いも考えを広げて本体の形状や重量、房の素材、まだまだ改善するべき点が見えてくるしその組み合わせは膨大だ。
手裏剣術はまだわからないことだらけである。だから面白い。常識以外もぶつけていい。そう思わせる発見であった。

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