手裏剣の威力について

「手裏剣の実践的な有効射程距離はどのくらいですか?」
これはいろいろな場所で頻繁に聞かれる質問である。
有効射程距離というのは単純に届く、刺さるというだけはなく、手裏剣を武器として捉えて「標的に対する殺傷能力」を持った距離ということだろう。
武器であることを考えたら、しかも投擲武器ならば有効射程距離を知りたいのは当然だ。
一応、手裏剣術には相手が無手の場合は1間(1.8メートル)刀を相手に2間(3.6メートル)槍を相手に3間(5.4メートル)の距離を取れと言う格言やセオリーが存在する。
それを踏まえて私なりの考えを述べようと思う。

手裏剣の威力と一口に言ってもそれは使用する手裏剣によって異なる。それも、考えている以上に大きく異なると言っていい。
どういうことか。簡単に言ってしまえば手裏剣の威力というのは手裏剣が重くなればなるほど大きくなる。
E=mc2
つまりエネルギー(E)は質量(m)と光速度(c)の2乗である。
手裏剣は形状も重さも様々であり、10グラム台の針を由来とした撃ち針も手裏剣なら100グラム以上の短刀に近いようなものも手裏剣である。
大雑把に分類をすると30グラム台までのものを軽量剣
40グラム台から60グラムまでのものを中量剣
60グラム台から100グラムを重量剣として分類出来る。
そしてそれ以上ものは超重量剣とでも呼ぶべきだろう。
この分類は人によっても多少の認識の違いがある。手裏剣というのはそれくらいに千差万別多種多様なのである。
私は30グラム前後の軽量剣と60グラム台の剣を使う。
その二種類だけを見ても畳への刺さり方は全く違う。60グラム台の手裏剣の方が的にはるかに深く刺さるのだ。むろん、切っ先の形状によっても異なるので一概には言えないが、軽いものよりも重さがあった方が刺突力がはるかに高くなることは間違いない。

そこで私は30グラム台の手裏剣と60グラムの手裏剣を使って刺突力の実験をしたことがある。
結果としては同じ力で打った場合、60グラムの重い手裏剣の方が的に深く突き刺さった。
しかし、この時は新聞紙を束にしたものを的にした。
私は常々手裏剣を武器と捉えるのは少々無理があると考えている。
紙ならまだしも、衣服を貫通するだけの威力が手裏剣にあるのか疑問なのである。新聞紙にしてもせいぜい5~6部を貫くのがせいぜいである。
デニムや厚手のレザージャケット、それに正絹の着物を貫く力はほぼないと考えられる。これに関しては根岸流を学んだ白上一空軒が著書で語っている。テレビの撮影で正絹の着物の袂を手裏剣で磔にしてほしいという依頼があったが袂に手裏剣を貫通させることが出来ず、仕方なく袂の生地を切り取り半分以下の薄さにしてようやく成功したという。
この手裏剣は根岸流のものであるから60グラム前後と考えられる。ただし、これは現代の根岸流で採用されている手裏剣の重さであり、白上一空軒が学んだ時代の根岸流はもう少し小ぶりの剣を使っていた可能性は否定出来ないし、房も付いていたと推測する。軽量、さらに房による空気抵抗による減速なども考えると正絹の袂を貫くだけの力はなかったこともうなずける。

以上のことからも、手裏剣を武器としたときの有効射程範囲というのは極めて短いと言える。
もし手裏剣を武器にしたいとすれば一番簡単なのは手に持って近づき投げずにそのまま刺してしまう使い方だろう。
どうしても投擲武器として使うのであれば100グラム前後、もしくはそれ以上の重量のある手裏剣の切っ先を徹底的に研ぐしかない。しかしそのような手裏剣は実用的過ぎて使い手も稽古場所も選んでしまうだろう。

手裏剣はそもそも別名を「削闘剣」や「不殺剣」ともいう。
その名前が示す通り、本質は一撃必殺の武器というよりも相手の闘う意思を削ぐものという意味合いが強い。実際の殺傷能力などたかが知れていることも稽古をする人間はよくわかっている。
だからこそ「百発百中で目を狙った」とか「先端に毒を塗って使った」というエピソードも出てくるのである。素直な刺突力は決して大きいものではない。
私が有効射程範囲を聞かれたらまず1間(1.8メートル)程と答える理由を一つ。
手裏剣の刺突力を示す実験として、手持ちで振りかぶり思い切り刺したものと、1間以内で思い切り打った(投げた)ものを比べてみたことがある。
結果としては投げた方が的にはるかに深くまで刺さった。物を投げるということは我々が予想するよりもはるかに大きい力が働くものである。

手裏剣が武器としては非効率で不確かなものであると私は考えている。
しかし手裏剣を武器として捉えて稽古をすることは無駄ではない。
威力だけを求めるならいくらでも効率のいい飛び道具はある。普通に投げたら回転しやすい金属棒の回転をコントロールして的に刺す。これを可能にしているのは術者の身体操作以外の何物でもない。そのための鍛錬も、身体操作を学び行使する理解力も、剣術や体術などの理合いを活かそうとする応用力も、そして、この不確かで不自由なものを武器として使うための発想力もすべて一発勝負の実戦の場で役に立っただろう。もちろん、現代社会の社会生活においても同様である。

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