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久しぶりに早起きして

hananosuさんのイラストを、お借りしました。

昨夜は午前1時半に床に就いたのに、今朝は4時半に目覚めてしまいました。どうしたんだろう?この年齢なら、眠られないこれが正常なのかもしれません。
で、いつものように布団の中でゴロゴロしていましたが、1時間はもちませんでした。おはようございます。(*^。^*)

ここまで書いてから、神戸市の大倉山図書館へ行きました。最寄り駅に車を置き、電車に乗ってです。大倉山にあります。もう20数年ぶりですので、道を間違えました。(地図を見ていったのですが……方向音痴です)で、横断歩道前に立っている方に「図書館はどこですか?」と訊くと、「僕は昨日、福岡から出てきたばかりなんで、知らないですね」とのこと。福岡に反応してしまいました(辻さんファンなので)笑。仕方ないので、横断歩道を渡っている方に歩きながら訊いて、思い出しました。少しだけ下ると、見えてきました図書館が、懐かしかったですね~。

文化ホールの間の道:ここを上がり右にゆかなくてはいけないのに左へいってしまった私。
大倉山図書館:この右奥にあります。

平日の午前中でしたので、子どもの本のコーナーはガラガラ。子どもの椅子に大きな私が座って6冊ほどを読みました。(椅子、大丈夫でした)笑。
初めて角野先生の「リンゴちゃん」シリーズを読み、リンゴちゃんがおばあちゃんが作ったぬいぐるみだとしりました。ずっと生の林檎だと思っていました。おばけのアッチ:コッチソッチも。

帰る時に「境い目なしの世界」を借りて帰りました。私が住む最寄り駅近くの図書館に返せばいいそうで、大倉山の方が蔵書が半端なく多いので、これから利用したいと思いました。ワクワク♪

19日に発売された辻さんの著書と図書館で借りているもの(手の影がはいってしまった)

「十年後の恋」は、東京にいる時、単行本を購入し拝読しました。ラスト。好きです。
恋少なき身の私としては、辻さんがいつもDSに書く「恋と愛」の定義の理解が多分、できていないと実感。言葉では理解ですが、感覚的によくわからない。
恋は本当に自分本位なのだろうかとも。私の中で、恋と愛との区別ができていない気がします。区別しないといけないものなのかとも、思ったり。多分、全部愛なのだと思ったりしています。愛と恋の言葉の区別のないフランス的感覚かもしれません。

瀬戸内先生も恋と愛を区別されて書かれていたと、その当時は頭で理解できていましたが、今は感覚的に理解できなくなりました。なぜかはわかりません。スピリチュアルな感覚が優先しているからかもしれないと思ったり。

多分、お互いの波動共鳴だと思っているからだと。ハートチャクラまつすぐな波動共鳴。

今回、コンパクトの文庫本を購入して、家の中ではなく外のカフェや、電車の中で読んでみたくなりました。人混みや外にいる時は、第三者が沢山周りにいるので、もっと俯瞰してこの物語の中に流れている、愛と恋の違いを理解したいと。ちなみにこの文庫本。最寄り駅の書店で、並べられている最後2冊の1冊でした。

昨年:シドニーのカフェで

今朝起きた時のDSに久しぶりに幻妻が出ていました。
辻さんが、幻妻のことを5日間東京滞在中に1回しか現れず冷たい、と書かれていました。今までで初めての表現。しかも幻妻の消える描写もありませんでした。これも初めて。
幻妻は、いつも辛いときに現れる存在でしたから。
それだけ現実がお忙しくて充実され、三四郎君やご子息やお友達に囲まれて幸せな日々をすごされていると感じ、嬉しくなりました。

これからさらにどんどん飛躍されていかれる方なので、ファンといたしましては楽しみなのです。離婚されてから子育てでお仕事をセーブしなくてはいけなかった10年分を、思う存分取り戻して頂きたいですね。

沢山の才能のある方が、我慢しなければいけなかった日々を想像すると、どれほど辛かったか……でも、辻さんはそれを持ち前のアイデアやポジティブな考えで、乗り越えてさらにそれをブログやSNSで発信され、苦しんでいる人たちに勇気と元気を与えてくれていたのです。

料理も完璧にこなし、凄いとしかいいようがありません。

さて、辻さんのファンといたしましては、今年の春の個展とライブを今から楽しみに待っています。久しぶりの上京も楽しみでもあります。

やはり早起きは、いいですね。色んな事がスムーズに進みました。

ありがとうございます。