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スピノザに関する記事

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17世紀オランダの哲学者、バルーフ・デ・スピノザに関して書いた記事をまとめています
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2024年8月の記事一覧

人は模倣する生き物 スピノザの感情の哲学をヒントに

 驚くべきことに、17世紀の哲学者であるスピノザは人間の感情について、今からみても、かなり斬新なテーゼを提出していた。  人は感情において、他者を「模倣する」ということが、それである。  何だよ、そんなこと日常でありふれているじゃないかと思うかもしれない。われわれはしばし日常生活でのコミュニケーションや、映画やドラマ、ドキュメンタリーなどを見るさいに、自分に「似ているもの」(人でも動物でも)があると、その人に対して本来的には何の感情もないはずなのに、心を動かされている。同

この現実こそが神である、スピノザが見ていた世界とは

 スピノザはライプニッツに、自身の哲学を説明するうえで、次のようなことを述べたという。 「世間一般の哲学は被造物(神が創造したもの)から始め、デカルトは精神から、私は神から始める」  なぜ、スピノザは「神」から、自身の哲学を始めるのか。実際に、彼の哲学体系を示した代表的著作『エチカ』は、「神について」の説明から始まる。スピノザの神の定義は、私自身が初めてスピノザに触れた時、もっとも痺れた言葉でもある。  この定義の中で、すでに哲学的な専門用語がいくつか出てきてしまう。「

感情に支配されないヒント~シナモンロールの『エチカ』より~

 スピノザの『エチカ』は難解で知られるが、確かにつまづきやすい本であることは間違いない。あの幾何学的な叙述を見れば、いきなりうへーと面食らうのは当然であろう。  しかし、第三部の「感情の起源と本性について」、第四部の「人間の隷従と感情の力」は、自分たちにとっても身近な「感情」についての分析にあてられており、他の章よりも読みやすく、とっつきやすい。そしてきわめて実践的なのである。  國分功一郎氏も、この第三部から読んでみることを推奨している。フロイトや精神分析家、心理学者も

人は共感する生き物? デイビッド・ヒュームの哲学をヒントに

 前回、私はスピノザの感情論を参照しながら、人は感情において他者を模倣するということを紹介させて頂いた。  その際に、自己の感情というものは、自分に似たものがある感情に動かされていると、「想像すること」において、それだけで似た感情に動かされるという話をさせてもらった。  この感情の模倣において、喜びの感情につながるものは、通常われわれは「共感」と呼んでいる。悲しみの感情が伴う場合「同情」「憐み」という呼び方をする。これらは、感情が喜びであるか、悲しみであるかで使い分けるの

スピノザ、異端の系譜

 柄谷行人はかつて『マルクス可能性の中心』という書を出していたが、彼が1986年から88年までの2年にかけて群像で連載していた『探究Ⅱ』は、その論考の多くがスピノザをめぐって展開されており、『スピノザ可能性の中心』ともいうべきものであった。  哲学者の永井均は『<魂>に対する態度』において、柄谷が『探究』(Ⅰ・Ⅱの総称)で示そうとしていた問題提起にはアグリーなものの、ある一つの点について絶対的に認めることができないと強く批判していた。批判の趣旨としては、柄谷はデカルトの「こ

「眠り」と「夢」のデジタル化? 夢の危機と夢見る権利について

 私はよく夢を見る方の人間だと思う。夢の中で、ああこれはきっと夢だなと気づき、その後目を覚まし、現実に戻ったつもりでいたら、じつはそれもまた夢で、今度こそ目を覚まし、よし、ようやく現実に戻った、歯でも磨こうかと思ったら、それもまだ夢の続きだった、というマトリックス的な体験が何度かある。  ネットで調べたら、こういう夢を見る人は、「心が不安定になっている」とのことだ(笑)。  確かに、その夢の中で一度だけパニックになったことがある。もしこのループする夢から抜けだせなかったら

ライプニッツ、来たるべき時代の設計者

 来たるべき時代の設計者――  ライプニッツをそのように形容したのは、ライプニッツの研究含め多くの著作を残している哲学者、下村寅太郎である。  中公クラシックの『モナドロジー形而上学叙説』に、下村寅太郎のライプニッツの小論『来たるべき時代の設計者』が解説として収められている。  私はこれまでスピノザに偏った読書をしてきたのだが、最近になってこのライプニッツのことが気になりだし始めている。  片や、1000年に一人の天才と称賛され、華々しく政界、学界、社交界を横断し、精

ジョルダーノ・ブルーノの無限宇宙

 スピノザが生きた17世紀から遡ること約1世紀。イタリアのルネサンス末期、コペルニクスの地動説をふまえて、無限宇宙にもとづく新たな宇宙論を説いたため、1600年にローマ教会によって異端とされ、火炙りによって処刑された哲学者、ドミニコ会の修道士がいる。  ジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)である。  キリスト教会権力の政治的支配が強かった当時のヨーロッパ社会において、地動説にもとづく新たな宇宙論を唱えるということが、いかに危険なものであったか。  16世紀はじめ

スピノザ『ヘブライ語文法綱要』の初邦訳がついに出る!

 スピノザの著作の中でも唯一の未邦訳であった『ヘブライ語文法綱要』(Compendium Grammatices Linguae Hebraeae)が、ついに翻訳が完了し、2024年9月26日に『スピノザ全集第Ⅳ巻』(岩波書店)に収録される形で刊行される。  スピノザ翻訳の第一人者といえば、紛れもなく畠中尚志(1899-1980)である。その翻訳が岩波文庫に収録され、個人訳「全集」として定着してきたが、この中で唯一なかったものが『ヘブライ語文法綱要』である。  原著のラテ

フェルメール、レーウェンフック、スピノザ──「光の王国」を生きた同時代人

 バロック期を代表する画家の一人であり、「光の魔術師」とも形容されるヨハネス・フェルメール。歴史上はじめて顕微鏡で微生物を観察し、「微生物学の父」と呼ばれるアントニ・ファン・レーウェンフック。そしてアカデミズムからは距離を置き、レンズ磨きの仕事をしながら己の思索を深めていた「近代哲学の巨星」、バールーフ・デ・スピノザ。  この三人は奇しくも同じ1632年生まれ、同じ国ネーデルランド(オランダ)に生を享けた。三人が生きたこの17世紀のネーデルランドは、オランダの黄金時代と呼ば