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推しへの感謝を込めて②

作家の日向夏さんに憧れて文章を書き始めた私。小説投稿サイトに投稿を始めたばかりの頃は、書きたいことがとめどなく溢れ出して、スマホの画面を指が踊るように言葉を紡ぎ出していた。書いた作品に、読者の方から丁寧な感想をいただいたり、ときに恐縮するほど褒めてもらったりするたび、ひょっとしたら私には才能があるのでは……? などと、自惚れ心すら湧いてきた。しかし、そんなスターをとったマリオのような無敵状態は、ほんの数ヶ月間しか続かなかった。

その後はまるで、力いっぱい絞って天日に干した雑巾のようにカラッカラになってしまい、物語のアイデアなど一滴も滲み出てこなくなった。それじゃあと、日々の出来事をテーマにエッセイなど書いてはみても、どこか浮かない気分が行間に燻って、何だかパッとしない作品になる。私はもっと前向きで、誰かの力になるような文章を書きたいのに。

なぜ、他の人はこんなにも次々と面白いものが書けるんだろう。なぜ、私にはそれが出来ないんだろう……。

気がつけば、推し作家の日向夏さんにさえ、どす黒い嫉妬の感情が込み上げてきた。

無論、頭では理解しているのだ。才気煥発な彼女とて、血の滲むような努力をしていることくらい。その努力の一端は、フォローしている彼女のTwitterの呟きからも窺える。

(でも……あなたは努力すれば報われるくらい、才能が漲ってるんだからいいじゃない。努力したって報われない人はごまんといるんだし。それに、並み外れた努力が出来ること自体、才能なんだよ。私なんて、いい歳をしてうじうじ拗ねているだけの、情けない凡人なんだから……)

いつの間にか、そんな卑屈な考えが頭の中を大きく占めるようになっていた。

(こんな状態じゃダメだ。ろくなものは書けない。しばらく、書くことから離れた方がいいのかも知れない……。うん、決めた!そうしよう。その間、他の作家さんの作品を読ませてもらおう。それで、感想とか送ってみよう。今までずっと書くことに夢中で、相互フォローの人の作品すら、ろくに読んだことがなかったもん。この機会に、その不義理の埋め合わせをしよう!)

『しばらく書くのを休んで読み専になります』
思い立ったが吉日とばかりに活動報告欄でそう宣言した私は、さっそく相互フォローの作家さんたちの作品を読み、次々と感想を書いた。そして、ランキング上位に君臨している人気作品にも、片っ端から目を通していった。
……しかし。そんな日々を過ごすうち、うんざりするほど思い知ってしまったのだ。
私には、他人の書いた物語を純粋な気持ちで楽しむことなど、もはや出来なくなってしまったことを。

(いいな……みんな楽しそうで。やっぱり私も書く側でいたい。でも……私が書かなくたって世の中には面白い作品が溢れてる。それを生み出せる作家さんも、幾らでもいる。私なんて、もう書くのをやめた方がいいのかも知れない。やめたって誰も悲しまないだろうし……)

そんな風にいじけてしまった私は、小説投稿サイトを訪れることすら間遠になった。それからは、積読になっていた漫画を読んだり、ネットで面白そうな動画を漁って気分転換を図ったり。鬼気迫る勢いで書いていた今までとは打って変わって、のんべんだらりとした日々を送っていた。そんなある日、私はYou Tubeで懐かしい人物と再会したのだった。

その人の名は、岡野昭仁さん。『アポロ』『サウダージ』『アゲハ蝶』『ミュージック・アワー』など、数々のヒット曲を世に放ってきたロックバンド、ポルノグラフィティのヴォーカリストだ。
『再会』と言ったが、無論、彼とは一面識もない。売れっ子芸能人である彼を、私が一方的に存じ上げているだけだ。とはいえ、私は特にポルノグラフィティのファンだったわけではない。先述した幾つかの曲にインパクトはあったものの、いかにもヤンチャそうな彼らのルックスは、若い頃の私の好みではなかった。
それゆえ、最初は我が目を疑ったのだ。
スマホの小さな画面の中で柔らかな笑みを浮かべ、方言混じりの優しい声で訥々と話す彼が、記憶の中にある尖ったロック青年と同一人物だとは、到底信じられなかった。

(え〜っ、これがあのポルノの人!? いやぁ、老けたなぁ……。でも、なんか、若いときよりいい感じじゃない? ていうか、この人いったい幾つよ!? かなり年下だと思ってたんだけど……)

私は、あたふたとポルノグラフィティのプロフィールを検索してみた。

(えっ、二人とも1974年生まれ!? 私の一学年下……つまり、同年代ってこと……!?)

それはまるで、頭を鈍器で殴られように衝撃的な情報だった。なぜなら、彼らがデビューして次々とヒット曲を連発していたのは、私にとってついこないだのことのような感覚だったからだ。
あの、少し悪そうでヤンチャなイメージのまま、私の中のポルノグラフィティは時を止めていた。

何だか狐につままれた気持ちで、画面越しの彼の顔をまじまじと見つめた。

(いや、それにしても……男前だなぁ、横顔が特に。鼻がこんなに高くて綺麗だったんだ。目もパッチリだし、唇もキュッと引き締まってて笑顔が可愛い……って、なに!? この歌声!! この年齢で未だにこんな声が出るの!? 一体どんだけ努力したら……。ああ、もうっ、こんなの好きにならずにいられない!!)

その日から、私は貪るように彼のYou Tubeチャンネルの過去放送分を観まくった。そして、それに飽き足らず、ポルノグラフィティ関連の動画を公式非公式問わず、片っ端から観漁った。
ファンを名乗るなら当然とばかりに、ライブ映像を収めたブルーレイディスクやCDを購入し、ついには人生初のファンクラブへも入会した。そして、今年の一月には念願のライブ参戦を果たし、さらには岡野さんがソロで出演する、ギターの弾き語りライブにまで足を運んだのである。
彼の歌は、どの会場で聴いても息を呑む素晴らしさだった。頭の芯が痺れて、あれは幻だったのでは……と、未だに信じられないほどに。

まるで転がるように、あれよあれよという沼落ちっぷり。岡野さんを想うときの胸の高鳴りは、まるで恋そのものだった。作家の日向夏さんのファンになったときにも感じたことだが、私はどうやら惚れっぽい性質らしい。

こうして、ポルノグラフィティを過去に遡って聴き漁るうち、彼らの曲があまりにもバラエティ豊かなのに驚かされた。代名詞とも言えるラテン調から、ゴリゴリに骨太なロック、懐かしの歌謡曲風、はたまたアイドルばりのきらきらソング……。
岡野さんの変幻自在のヴォーカルは、どの曲の世界観も色鮮やかに表現していて、聴き惚れてしまう。
それにしても、彼の滑舌の素晴らしく良いこと! 歌詞がハッキリ聴き取れる。皮肉が効いていたり、ひたすらロマンティックだったり、小説のような物語性を帯びていたり。アマチュアとはいえ、文章を書く人間である私には、非常に刺さる刺激的な言の葉の連なりである。
調べてみれば、ほとんどの曲で作詞を担当されているのは、ギターの新藤晴一さんだった。
どうやら彼は、小説も何作か上梓しているらしい。
それを知った私は、新藤さんにも俄然興味が湧いてきた。
気がつけば、私の心には二人の才気溢れるイケメンが住み着いていた。寝ても覚めても、ポルノグラフィティに夢中の毎日が始まったのだ。

このまま沼にずぶずぶ沈み込んでしまい、創作の世界からは気持ちが遠ざかってしまうのかも……。薄っすらとそんなことを危惧していた私だが、それは杞憂だった。今、こうして再び文章を書くことが出来ているのは、毎日ポルノの楽曲を聴いて、インスピレーションと元気をチャージし続けたおかげかも知れない。創作界隈にはファンが多いと言われる彼らには、物創りの意欲を呼び覚ます力があるということか。

その後、新藤さんのTwitterアカウントをフォローしたことをきっかけに、彼がここnoteで、エッセイの連載していることを知った。
そこには、ポルノグラフィティとしての活動のことだけでなく、日常の出来事や趣味のこと、念願だったミュージカルのプロデュースのことなどが、飾り気のないイキイキとした文体で綴られている。
成功者の立場に甘んじることなく、幾つになっても夢を追いかけ、新しいことに挑み続ける新藤さん。目一杯人生を楽しむその姿は、しょぼくれて拗ねていた同年代の私の背中を、バシンと叩いて気合を入れ直してくれた。

いじけてる時間がもったいないよ。あんたは書くのが心底好きなんだろう? だったら、四の五の言わずペンを執れ!と。
かくして、私は再び書く側へと戻って来ることが出来たのだ。

ありがとうございます。
大好きなポルノグラフィティ。
まだまだこれからが全盛期の遥か遠いその背中を、どこまでも追い掛けさせてくださいね。






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