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鉄紺の朝 #41

いざ決戦 6

 八橋蒼吾は、ようやく顔をのぞかせた月明かりの道を駆けていた。
 遠く、黒く陰になった二人が駆けていくのが目に映った。
 「あれか」
 陰は、小さな河口にある船着場に身を降ろした。
 「川田さん、あれへ」
 弥平が川田十三を舟へ乗せ、自分もそこへ跳び乗った。舫いを切り漕ぎ出した舟は一間も行かず、ガクンと止まった。見ればもう一本舫いが繋いであった。それも弥平は切り離し再び沖へと漕ぎ出した舟は、またしてもガクンと止まった。
 「どうしたんです」
 川田も心配になり、あたりを見回した。
 舳先に回った弥平が、水面に綱が張ってあるのを見つけた。
 「誰がこんな事を」
 匕首でそれを切ろうと水面に手を伸ばすと、綱は生き物のように水中に潜ったり、手を離れるように動きまわった。
 綱を辿ると、浜に一人の男、一角が、綱の先を持って立っていた。
 「何をする、綱を放せ」
 弥平は隣の船に飛び移り、浅瀬に飛び降り、足を濡らしながら綱を探った。一角もそうはさせないと、綱を持ったまま浜を走った。何とか弥平の手に綱が届きそうになり、掴んだ瞬間、綱が弥平を襲った。海に仰向けに倒れた弥平に一角が走り寄ってきた。
 川田は舟の上で憮然と座ったままでいたが、二人が海で縺れるのを見て、一人逃げようと自分で櫓を漕ぎ始めた、が、綱が引っ掛かったままなのか、またしても舟は動かない。
 「待て」
 別な方角からの声。
 追いつた八橋蒼吾が、船着の桟橋に飛び降りた。
 舟に逃げようと櫓を漕ぐ男がいた。
 「ドボン」「ビシャ」
 飛沫をあげながら、男二人が争っているのが横に見えた。
 それならと、八橋蒼吾は舟で逃げる川田に迫った。
 川田十三と八橋孝太郎、遡ること十有五年。孝太郎の名は蒼吾に変わったとはいえ、御神前勝負で立ち会った二人である。しかし、今、双方がまさかそうだとは思ってもみない。
 月明かり、舟を蹴って川田に迫る八橋蒼吾。
 逃げるのを諦めたように、八橋に向き直り、川田は懐から一挺の拳銃を取り出した。
 ― 以前にもこんな事があったな
 川田は、御神前勝負後の事を思い出した。
 八橋・・・よく見れば眼前の男は、御神前勝負の八橋孝太郎ではないか。
 「貴様、八橋か」
 蒼吾はそう言われ、蒼白く闇に浮かんだ男の顔を凝視した。
 「誰だ」
 「勝った男の記憶とは、そんなものだろうが、負けた男の執念はなかなか消えないもの。お前のお蔭で、俺は目茶苦茶になったんだ」
 八橋蒼吾はようやく思い当たった。
 「川田か?」
 「やっとのことで思い出してくれたみたいだな。あの時はお前の兄貴だったが、今日はお前の命日にしてやる」
 「やはり川田、お前が佐和を攫い、兄を・・・」
 「知らなかったのか、あの時もこうやって舟の上で俺が拳銃を」
 川田は拳銃を八橋へ狙い定めた。
 八橋は咄嗟に身を沈め、川田の舟へ跳んだ。ぐらりと揺れ立っているのがやっとな川田は、拳銃を有らぬ方向へ撃った。
 川田はもう一度撃鉄を起こそうとしたが、懐に潜り込んだ八橋の、兄源吾、娘佐和の遺恨を帯びた一刀に胴を払われ、ゆっくりと崩れ、舟から海へと転び落ちた。

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