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鉄紺の朝 #40

いざ決戦 5

 「助太刀いたす」
 八橋蒼吾が須賀の横に並んで、構えた。
 「蒼吾先生!」
 須賀太一は何故と、驚いた。足首を射られた梓も同じく、蒼吾の名を叫んだ。
 「梓も居ったか。大丈夫か」
 梓は立ち上がることは出来無かったが、刺さった小柄を抜いて見せ、「大丈夫です」と言いながら、それを榎に目掛け投げ返した。しかし、それは榎を逸れ、その向こう、先程から蛇に睨まれた蛙の如く、固まったまま動かない、もう一人の刺客の胸に刺さった。「うっ」と、ようやく生きているのが分かる声を発し、崩れ落ちた。
 「先生、ここは何とかします。それよりも、ここから、逃げた二人を追ってください。船着き場に向かっているはずです」
 須賀太一が、榎から視線をそらさず、嘆願した。
 「しかし」
 「お願いします」
 「分かった」
 八橋は駆けた。
 「それじゃ、始めるか」
 榎はぐっと須賀太一を見据え、下段に構えた。
 須賀は青眼につけた。
 動かない、動けない時間が続いた。
 然もの榎も焦れたのか、構えを八双に変化させながら、わざと隙を作り、誘ってみたが、須賀は一向にのってこない。それならと、猛然と剣を繰り出していった。しかし、全ての太刀筋を見透かされたように、須賀に受け流された。「小癪な」そう言って、尚も剣を繰り出したが、同じ様に受け流され、二度三度と続けたが、須賀はまったく息も切れていない。
 榎は須賀を初めて畏怖した。と、その刹那、畏怖した瞬間、そこに隙がうまれ、一転、須賀がそれを逃すまいと打って出た。
 榎はやっとのことでそれを受けたが、肩と腿、二の腕を切られていた。立て直し、最期の力を込め、繰り出した榎だったが、一太刀目が空を切った時に勝負はついた。もはやそこには須賀の一刀を防ぐだけの力は残っておらず、肩から袈裟に斬り落とされた。
 「伊佐衛門殿」
 須賀は、榎を切った余韻に浸ることもなく、倒れた榎を跨ぎ越して、朱に染まり、倒れている伊佐衛門に駆け寄った。
 ― 須賀さんが勝った
 立ち竦んでいたお春は崩れ落ちる榎を見て、ほっとしたのも束の間、伊佐衛門に駆け寄る須賀を見て、自然、足が動いた。足元の倒れた男達に転びそうになりながらも、須賀の抱える伊佐衛門の許へと急いだ。
 「お父さん!どうして」
 微かに開いた目をお春に送り
 「無事であったか」
 安堵の表情にを湛えた。
 「須賀さん、私はあなたを売った、赦してくだされ」
 再び、須賀を向き直り、声を絞り出した。
 「いえ、とんでもない。端から伊佐衛門殿を責めようなど思ったことは一度もありません。私の方こそ、それを知っていて、伊佐衛門殿をこんな目に遭わせ、ここを修羅場にしてしまった。赦しを請わなければならないのは、私です」
 伊佐衛門は弱く首を振り
 「全ては私の身から出た錆・・・お春の事をよろしく頼みます」
 瞳だけをお春に遣り、
 「短い間だが、儂はお前という娘が持てて、幸せであった」
 ゆっくりと瞼を閉じ、穏やかな寝顔を横たえた伊佐衛門は、二度とその目を開くことは無かった。
 「いや、嫌!」
 須賀の抱えた伊佐衛門を奪いとる様に自分の膝にのせ、
 「お父さん!」
 覆いかぶさり、胸に抱いた。止めどなく流れる涙が、伊佐衛門の顔に落ち、それをお春は指先で愛惜しむ様に拭った。
 須賀太一は、そこから離れると、梓の許へと向かった。
 足首に布を巻き付け止血し、何とか自分で立ち上がろうとしていた梓に手を貸してやった。
 「俺は大丈夫だ、先生を」
 「分かった」外へと飛び出した。

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