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鉄紺の朝 #38

いざ決戦 3

 福路村の船着から、毘沙門平で見た、恰幅のいい男川田十三や弥平をはじめ、榎など十人が舟を下りたのを、須賀と梓は、釣り糸を垂らした一角の下、舟の筵に潜り込み、顔だけを出して、眺めていた。
 「俺一人をあの世に送るのに、十人とは気前がいい」
 須賀はこの事態を楽しんでいるふうであった。
 紺碧の天空も、いつしか、紅く染められた空に馴染み、海原に長く、太陽の黄金を延ばした。
 須賀が、一角に舟を着けてくれと言い、
 「行こう」
 梓に、そして自分に叱咤するよう声を出した。
 残照も、山間には物足らず、光量をぐんと落としてたそがれ、それぞれの男達の鼓動が聞こえるほど森閑としていた。
 待ち伏せする男達の耳に、二度、バサッ、ドッと、何かが倒れたような音が、微かに聞こえた。
 伊佐衛門宅の外に須賀の到着を報せる為に配置された、斥候と思われる男を、須賀と梓がそれぞれ切った音である。しかし、誰もそれを人に切られた音だとは思わなかった。
 突如、冠木門の中央に須賀が現れ、屹立し、
 「出迎え、ご苦労」
 場違いな大声をあげた。
 誰もが、斥候からの連絡がないので、まだ須賀は到着していないと思っていたし、人目を忍んで来るものとばかり思って、まさか正面切って乗り込んで来るなどとは思っていなかった。特に門から、庭にかけて配置された男が算を乱し、庭に躍り出て、あっという間に、須賀の刀の贄になった。
 それを境に家の中も、一挙に慌しくなり、お春の部屋から正面へ回る男など、配置を変えようと伏兵が走り回っていた。
 須賀は、右手に抜き身を下げ持ち、ゆっくりと母屋へ近づいた。障子や板戸が蹴倒され、中から男達が出て、そのうち二人は、両脇から須賀の背後に回り、正面にも二人が家を背に立った。
 光はいよいよ乏しく、闇を引き寄せてきたが、反面、山の上、月明かりに空が蒼く澄んできた。
 家中からは、一穂の灯りすら漏れてこない。
 「おい」
 須賀の背後にまわった男の背中から、梓草志郎の声がした。声を掛けられた男が、何気なく振り向くと、いきなり鳩尾を殴打されその場に蹲った。須賀の背後のもう一人が、それに気付き、斬りつけてきた。刀がぶつかり、蒼白く火花が飛んだ。お互い間合いをとって構え直した。
 須賀の背後の動きに触発されたように、前面の敵も剣を繰り出してきた。大上段に振りかぶった刀を力まかせに振り下ろしてきた一人は、須賀に余裕を持って躱され、後ろでもう一人の敵と間合いをとっていた梓の目の前まで躍り出た。梓はその男の体を、間合いをとっていた男の方へ思い切り蹴り飛ばした。体の平衡を失った男は、倒れまいと、藻掻きながら、もう一人の男の方へと突懸って行った。突懸られた男はそれを避けようと、体を反らせたところを、追いかけて走ってきた梓に、一刀された。よろめいていた男も、梓が出した次の太刀で動きを止めることとなった。
 残りは一名。
 須賀の隣に並ぶ梓。
 突然「奴に俺たちの事を漏らしたな、裏切り者め」の大音声。
 男の断末魔の絶叫と共に、奥の板戸が勢い良く開かれ、灯りがあたりに弾けた。
 一人、陰になった榎巽が「どいつもこいつも、酒もゆっくりと飲ませないのか」ぶつぶつと言いながら、血の滴る抜き身を持って凝然と立っていた。男の足元には伊佐衛門が切られ、倒れていた。
 部屋に残った男二人、川田十三と弥平が、逃げ出そうと、家の裏へ走り出た。
 「俺が行く」
 梓が、逃げた二人の後を追った。
 それを見た榎が「この前の忘れ物だ」と、小柄を抜いて、梓に投げた。小柄は梓の足首近くに刺さり、もんどりを打って倒れた。

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