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鉄紺の朝 #26

追求 その4

 須賀太一は、その足で、海沿いの道を毘沙門平へと急いだ。毘沙門平の大凡は一角に教わっていた。古来からの道は沢に沿って一本しか無く、当然のようにそこは守りを固めているだろうから、道をたどって近づくのは無理だと断言された。
 海から断崖を登るのも、下を警戒している船の数を考えれば、期待は持てなかった。初背山から、岩場を伝うしか方法はないのではという結論に達したのだが、本当にそんな曲芸的な事が出来るか須賀本人も分からなかった。
 しかし、毘沙門平には、重ノ木村の神隠しされた民と、影でこそこそと動かなければならない、陰謀めいた何かがあるはずであった。
 夜を突いて須賀太一は初背山へと駆けた。山の取っ付きにある岩陰で、夜が明けるのを待ちながら、仮眠をとった。
 岩肌は思いのほかヒンヤリとしていて、手の先を凍えさせてくる。岩の裂け目に手を掛け、僅かな窪みに足を差し入れて、ゆっくりと登っていく。太陽が岩の頂上を照らし始めた。あそこまで登れば、と、その光のなかに手を差し出した瞬間、暗転、足が岩を滑り、「あー」絶叫が岩場に木魂した。
 息を荒くして、目を開けた。「夢か・・・」須賀太一は、冷や汗に身震いした。見上げると白み始めた空に、未だ黒い山塊と化している、初背山のゴツゴツした山頂が垣間見えた。
 一角に借りた野良着に着替え、股引姿になり山道をとった。けもの道すら消え失せた前方に陽を受けて輝きだした岩肌がみえてきた。まっすぐにそこへと歩み、手を掛けると、夢と同じ様に冷たい岩肌だった。岩に沿って、山の北側にある毘沙門平が見渡せそうな場所を探して歩いたが、お誂え向きのところが、口を開けて待っていてはくれなかった。何度か行きつ戻りつして、登り易そうなところを選び、岩肌にへばり付いた。手を掛け、足を差し入れ、ゆっくりと、五間程の高さを一刻の時間をかけてどうにか登り、毘沙門平が見渡せる岩の上にでた。
 毘沙門平、二十町程の広さがある、文字通り平らに開けた草地であった。須賀太一のいるところから見れば、手前は切立った初背山の岩稜に、海側も断崖にそれぞれ守られた天険の地である。
 背負い、持参した遠眼鏡を覗きながら、楠公の千早城だな・・・つぶやいた。
 草地の半分ほどは手付かずのままであったが、その他のところは、開墾され、男達が鋤や鍬を手に土地を耕したり、作付けをしていた。
 須賀のいる岩場の下に、花畑かと思わせる、紅白の花が咲き乱れている一隅があった。
 炊ぎの煙が立ち上る一軒の小屋のまわりに、それをひと回り小さくしたような小屋が寄りあって建っていた。忙しそうに立ち回っている女の周りを走り回る子供の姿が映った。
 ― あれは?
 小屋の脇に、開墾された畑を眺めている三人の男が立っているのが目に入り、丁度、顔が須賀の方を向いていたので、それぞれの表情までが遠眼鏡の奥に映った。明らかに、仕立ての違う着物を纏った、恰幅のいい男を真ん中にして、左の男が畑を指差して、何か説明しているようであった。右の男は・・・榎、重ノ木村で対峙した、見覚えのある顔。
 一角の言った通り、睨んだ通り、ここ毘沙門平が重ノ木村とつながった。
 しかし、千早城である。日本史上最強の山城、難攻不落の千早城である。攻めるに難し、守るに易しである。おいそれと、攻め入っても埒が明きそうにない。

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