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憧れは椅子(山奥暮らし)

山暮らし経験は当たり前過ぎて、
自身のテンションは上がらないのですが、ある時期から、周りに
「イイねー」と、言われ始めました。

なんならモテた気すらします。

同年代では自分以上の山暮らしサバイバーに会った事がなく、
「分かってないなー!」とか言っても仕方ないので、「えへへー」とか言ってます。

大元の実家はすごい山奥で、親は町中で仕事をしていましたが、学校に入る前と、土日や長期休みのかなりを山奥で過ごし、山仕事を手伝ってきました。
親元を離れるまで続いた感じです。

車で近づける道もなく、子供には岩山、を登って家に行く感じで、背負子ヘビーユース。
雨が降ると道はなくなるし、笠も付けましたね。

店に距離がありすぎてなんでも作ってたし、ガスはプロパンを使って無くなるとずーと無いまんまなので、基本は薪で煮炊きし、
囲炉裏とか、敷地内の川とか、家の中の水瓶とか使ってました。

散らかしてて、変な虫とかヘビとかが入ってると困るから、キチキチ片付けてキレイには暮らしていました。

そして憧れは「椅子」に座る生活でした。
なんせ、箱膳だったので。

箱膳は、自分専用の箱があって、いかに幼かろうが自分で管理しないといけないものです。

子供には写真のように湯呑みはありませんでした。

というのも、ご飯は一粒残らず食べ、最後に、お茶碗でお茶を飲んできれいにするからです。

そして少し乾かして、箱の中に伏せてしまう。

ちゃんとしないとカビるから大変です。

たまに油気のあるものを食べると、
洗剤とかない事で、きれいにするのが大変。
やっぱり漬物だけでいいや。となっていました。

特に米粒を残さない事に、曾祖母が厳しかったです。

3歳くらいの時、ベタベタした炊き方になっていた時に上手く取れなくて、ものすごーく怒られた記憶があります。

そんなで、幼少期から自分でキチンとしないといけない環境でしたが、体が弱くて保育園に行かず、親元を離れて田舎で療養?しており、物心つく前からそんな感じだったので、
そっちが私の常識でした。

薪だって何時間でもモクモクと切ったり、割ったりしていました。
(いや、むしろ小型とはいえ、プロパン持って来てたのがすごいと気が付きました)



まあ、元々がそんななので、なんか進化するものがあれば、単純に「すごいね!」と思い、
基本的にはなんか足りないとか、なんか違う、とか思わないです。




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