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記憶の断片

 夢の中で一人のおばちゃんが出て来た。
『誰だっけ?』

顔や体がボヤ〜とするのだが、一体、何処の誰だったのかはっきり思い出せない。
何処かの店の店員さんのようだが、何の店だったか名前が出てこない。
会話の記憶もない。
 ただ、店に似合わず、品があって逆に愛想が無い。
はっきり言って苦手なタイプ。
何処の店だったか、昔からの色々な店の様子を思い出すが顔と一致しない。

たかが夢に出てきたおばちゃんなのに、気になると益々知りたくなる。

奥様に、
「ちょっと聞くけど、昨夜夢に出てきたあのおばちゃん誰だったかな」
なんて聞いても
「アホか」
と、一瞥し鼻で冷笑されるのは目に見えているわけで、まず人に聞きようがない。

 夢で見た写真はとれないし、ビデオで再生することも出来ない。
普通なら直ぐにググるのだが、さすがに昨日の夢の人物は誰だったか、とこればっかは、シリでもわからない。

 しかし、まどろっこしい知りたい気持ちだけが、なぜか日々どんどんとふくらんでいった。
たかが、一人のおばちゃんなのに。

すっごく気になる。

 思い出すこともできず、面はゆい気持ちで四、五日経ったある日。
 新聞を読んでいると、改装のため臨時休業という広告の文字が目に入った。

 そういえば、夢を見る前に近所でよく行く焼肉屋の前を通った。
店先には、
『明日は臨時休業します』
と珍しく貼り紙が貼ってあり、年中無休のこの店が休むなんて、どうしたのかと思いながら通り過ぎた。

で、ハタと思い出した。
「あっ!」
焼肉屋のおばちゃんだった!

なるほど、その時はおばちゃんの顔も出なかったのに、休業という記憶の断片に、思い出したのか?

 不思議だ。

 記憶の断片にすりこまれた張り紙から、知らず知らずにおばちゃんの顔が、夢にでてきたのかだろうか。
 もつれた糸がすっと解けたように、モザイクがかった顔がきれいに正体を現したように、
快感を覚えた。

 しかし、おばちゃんの夢でよかったわ。
もし、美味そうに焼けた上ロースを、食べる直前に目が覚めた時の方が、よっぽどショックだったよなあと一人苦笑いした。

 三日後、その焼肉屋から、なんと『焼肉上カルビ一人前』の無料券が誕生祝として送られてきた。

え〜
思いだした夢からの贈り物?!

ありがとう。おばちゃん!

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