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おつり

 この春移動してきた課長は、毎日遅刻してくる。
朝9時が出勤時間だが、社員は皆、ほぼ10分前には席につき既に仕事をしている。
部長は一時間も前にきている。
しかし、この課長は決まって、10分遅れの9時10分に汗をふきながら、
「忙しい、忙しい」
と口ぐせのように自分の席に着く。
朝の挨拶である、
「おはようございます」
とこちらがいうと、途端に嫌な表情でにらみ返す。
それで、今では誰も課長に向かって朝の挨拶はしなくなった。
 書類はいつも、未決の箱に高く積まれたまま。自分からは決して手に取って見ようとはしなかった。
しびれを切らした社員が、その中から取り出し、説明をしてようやく書類をみる。
そして、必ず、
「ああ忙しい」
と言う。
 昼、社員の佐藤さんが出前を取ろうとすると、課長が、
「佐藤君、俺のラーメンも一緒に頼んでくれ」
 注文したラーメンが運んでこられ、佐藤さんが代金を貰いに課長の席に行く。
「課長、650円です」
「1万円でおつりはあるか?」
財布から1万円札を見せながら聞く。
「ないです」
「じゃあ、払っておいてくれ」
と言い、さっさとラーメンを受け取る。
 次の日。
「佐藤君、俺のラーメンも頼んでくれ」
と注文するが、お金を払う段になり、またも
「1万円札でおつりはあるか」
と聞く。やはり持ち合わせてないので、佐藤さんが払う。
 しばらく続き、さすがに佐藤さんも前もっておつりを用意していた。
いつものようにラーメンを受け取り、
「1万円札でおつりはあるか」
と、課長が1万円札を出したので、
「おつりはちゃんとあります」
咄嗟に佐藤さんが笑顔でおつりの9,350円をみせる。
すると、急に課長の顔色が変わり、
「なに?おつりがあるのか?じゃあ、払うわ!」
と小銭入れからきっかり650円を佐藤さんに渡す。
佐藤さんが唖然と受け取ると、課長がひとこと。
「何か損したような気がする」

な、なんちゅう奴や!

 その後、おつりが無くても、
「おつりはあります!」
と答えるようになった佐藤さんだった。

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