中野剛志のMMTはネオナチか?


中野剛志

中村真央:中野剛志さんのMMTはネオナチあるいは新軍国主義ではないかとう人がいて、今日は、やすいさんの見解を伺いに来ました。

やすいゆたか:彼は自由主義や民主主義を否定しているわけではありません。全体主義を直接打ち出しているわけでもありません。それに「ネオナチ」とか「新軍国主義」とかは戦前のナチスや日本軍国主義の同類と決めつけて排斥するためのレッテルです。そういう意味ではそういうレッテル貼りは名誉棄損ですから、慎むべきです。

中村:ええ、中野さんは「保守主義」は自認されていて、自民党内の積極財政派の会合で、MMTについて講演を何度も行っています。彼自身経済官僚なので、頼まれれば国会議員にMMTについて分かりやすい講演をするのは大切な仕事ですね。ただネオナチだという人によると、シュンペーターの定義でいうと、GDPに占める公的部門の比率が高いことを社会主義だと言います。デフレ対策で国家主導で国債を発行し、公共投資や各種手当、企業の技術開発への補助などが行われます。また防衛費の増強も行います。それをインフレ率が基準を上回らない限り、国債で賄ってもよいという考えがMMTですね。ですから社会主義化を押し進めることによって、デフレ脱却、国防強化を図ろうということになります。つまり国家主導の社会主義化だから国家社会主義であり、ナチスに近いのじゃないかというわけです。

やすい:なるほど、Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterparteiの略称がNazi及びNazisですからね。ナチスは失業者対策も兼ね、アウトバーン(高速道路網)建設に力を入れ、また国防力強化によって恐慌からの経済回復に傾注します。その傾向を国家社会主義(国民社会主義)と呼んだわけですから、中野さんの議論と同様な面はありますね。

中村:ええ、バブル崩壊後、国債で公共投資や企業への技術革新の補助金の交付などで景気回復を図ったけれど、累積債務が蓄積したので、財政危機が叫ばれました。結局、政府は緊縮財政政策を取り、その代わり大胆な民営化と規制緩和で民間活力によって日本経済の再生を図ろうとしました。小泉改革とかアベノミクスはネオリベ路線なのです。しかし結局、30年を超える経済停滞でネオリベ路線が破綻したと言われ、積極財政論が強くなったわけですね。その強力な理論的武器がMMT(現代貨幣理論)ですね。

やすい:その意味ではまさに日本経済の救世主的役割を担っているわけです。頭ごなしに否定するのではなくて、そこから学べるところは最大限学ぶべきでしょうね。だって日本の一人当たりGDP順位はこのところかなり凋落していますから、このままだと途上国になってしまいます。

中村:しかし行政府が資金需要をまかなうために大量の国債を発行すると、それによって市中の金利が上昇するため、民間の資金需要が抑制される「クラウディングアウト」が起きて、不景気が深刻化するという批判があります。

やすい:それは順序が逆です。民間が賃上げや設備投資をしないから、それを補うために政府は公共投資をするわけです。そのことによって民間需要も引き出されるということです。それに平成不況に対して政府が国債発行したけれど、金利は上がっていません。むしろ超低金利になっています。

中村:だからといって、バンバン国債発行して民間の資金を吸い上げちゃったら、民間に投資する資金がなくなりませんか。それに国の事業に人材も吸い取られるので、民間に人材がいなくなり、ますます民間経済が衰退しませんか?

やすい:だから市中銀行が国債を引き受けると、その銀行の日銀口座にその金額が振り込まれます。つまり百億円引き受けたら、口座に百億円と書き込まれるのです。それで百億円の信用創造されたわけです。その分は日銀は日銀にある政府の口座に百億円書き込みます。それで政府は百億円を各事業者の口座に振り分けて振り込みます。その事業が経済活動を拡大させて、百億円の税収増になれば、百億円は償還されるので、口座は0円になります。

中村:それが80億円の税収増に終われば、20億円分は次の国債に加算して国債発行となるわけですね。30年以上GDPが停滞したままなら、累積債務が天文学的に膨れ上がるのも当然ですね。MMTを批判している人は、国債で民間資本を吸い上げているから、経済停滞が余計に深刻になるというわけですね。

やすい:MMTの理屈でいくと、国債を引き受けるのも政府への貸付でしょう。貸し付けで信用創造されるわけで、それ以前に銀行が持っていた通貨を回したわけじゃないから、国債を引き受けたからと言って、民間資本が底をつくわけではないのです。だから別の投資家が来れば、その人が返済能力がありそうだったら貸せるわけだから、要するに民間資本が、それを有効に使って利子付きで返済できるかにかかっているわけです。

中村:政府が国債を使って行う事業に有能な人材を取られたら、民間は銀行から融資を受けても、事業を成功させられなくなりませんか?

やすい:それも順番が逆でしょう。民間が有能な人材を使って事業を成功させていたら、それだけで経済は成長するから、国債を発行して政府が事業を行ったり、民間に事業を下請けさせる必要はないのです。民間がそれが出来ていないので、政府主導で国債を発行してやろうということですね。それで、民業を圧迫しないように、公共事業で港湾や道路や公団住宅などの建設も民間の業者に請け負わせているわけです。

中村:その際に請け負った業者が、いくつかの下請け業者に実際の建設業務をやらせ、更に下請けの下請けがというようになると、かえって中間搾取がひどくなり、経費が嵩んでしまうことになりかねませんね。それだったらしっかりした国営の企業が公共事業を行った方がいいとなると社会主義経済になりますね。

やすい:中野さんは資本家や経営者ではなく、経済官僚ですから民営か公営かあるいは直轄かは経済合理性次第でしょうね。実際、百パーセント社会主義、百パーセント資本主義というのは存在しないという立場でしょう。


中村:それにシュンペーターの定義でいくと政府の経済的なウェイトが大きいと社会主義ということになるので、これからはどんどん国債を発行して、公共投資、国防の充実、社会保障、科学教育体制の整備などを計っていくので、社会主義化していくと言っていますね。そうなると日米同盟に拘らなくても、米国と中国という二大超大国の間で等距離外交を取ればいいのじゃないですか? 中野さんは、日中の軍事バランスが不均衡ではいけないということで、軍備増強を訴え、明治政府的な富国強兵策を考えてるようですが。

やすい:ネオナチや新軍国主義と言われるのは、その印象を与えているからでしょうね。中野さんは、アメリカの覇権の下でのグローバリズムは終わった、既に時代遅れだという立場です。だからアメリカの核の傘の下、日本は自衛だけでいいというような発想では駄目で、各国はそれなりの軍事的な対抗力を持ち軍事バランスをとらないと安定せず、平和が築けないという考え方です。つまりグローバルな集団安全保障体制の構築という『国連憲章』の夢は破れたわけだから、中国が急テンポに軍備の近代化を押し進めれば、圧倒されない程度には軍備を充実させる必要があるという立論になります。

中村:それで中国張り合うというので核武装派かと思ったらそうじゃなくて、『「核武装論者」と「9条論者」が非常に似ている理由』https://toyokeizai.net/articles/-/595033
によると、通常兵器を充実させて侵攻に備えよという立場です。

やすい:核武装派は核武装さえしていれば戦争にならないだろうという考えで、その点、憲法第九条で戦争放棄しているから、戦争にはならないというのとメンタリティは似ているというのです。しかしロシアがウクライナ侵攻したように、中国が台湾や尖閣諸島に侵攻するのは現実問題だから、通常兵器で侵攻してくるのに対して、きちんとそれを想定した迎え撃つ準備をしないといけないという立場ですね。

中村:核兵器の開発が進んだ今日では、核武装に重点を置いて通常兵器は添え物程度にした方が安上がりらしいですね。それで通常兵器の充実を図るのは大変費用がかかります。それで緊縮財政ではとてもできないので、積極財政でいかなければならない。ところが政府は財政赤字が膨らむのは次世代につけを回すとして健全財政主義を守ろうとするから増税するしかありません。そうすると内需が減って景気が悪くなるので、このままだと中国との軍事バランスはますます崩れ、侵攻されても手も足も出なくなります。でもMMTが正しいとすれば、インフレがひどくならない程度に赤字国債で軍備増強を図っても問題ないということになります。

やすい:そこがMMT版新軍国主義と呼ばれる所以です。世界情勢は目まぐるしく変化するので、グローバル化にしても東西冷戦が終焉して一気に進むとおもいきや、アメリカ一極集中の弊害で、国際間の格差が激化し、それへの反発からすぐに文明間闘争の時代に突入しました。しかし、第四次産業革命が進んでいけば、ますますグローバル・ヴィレッジ化しますから、情報の交流、人材の交流、物資の交流が進みます。それに地球温暖化を食い止めるためにも、国際協力は不可欠です。グローバル化は不可逆ということに対して、中野さんはそれこそアナクロニズムみたいに言いますが、いつまでも核兵器で脅かし合い、各国単位に軍隊を持って軍拡競争を続けていって、しまいに破滅にならないのか、環境問題に取り組めないのではないかとか思いますね。どうしても中野さんは、グローバル市民の立場には立てないようです。それは経済官僚という立場が影響しているのかもしれません。

中村:それにMMTが自国通貨に対する発行権が確立していて、変動相場制をとっている国家の場合、累積債務の額に制約されないで、インフレ懸念のない限りいくらでも財政投資を増やしてよいというナショナリズムに好都合な理論であることもあるでしょう。

やすい:しかし、日本が通常兵器の充実に踏み切るという場合に、それが日本経済にとってお荷物にならないで、むしろ技術革新の起爆剤になるためには、兵器の国産化に梶を切る必要があります。そこで得られる様々な新技術はITやAIやそれらを応用した自動車や家電機器などにも応用される必要があります。そういう「日はまた昇る」というシナリオが中野さんにはあるかもしれません。しかしそうなるとアメリカ製の武器が日本に売れなくなり、日米安保体制の維持も難しくなりますね。

中村:ここで一気に語り尽くすことはできませんが、MMTの問題提起を踏まえて、積極財政に転じる必要は、現在日本経済の低迷から言って、緊結の課題ですね。そこからナショナリズム的偏向や新軍国主義、ネオナチにぶれていく可能性もあるということが、中野剛志さんの議論からも垣間見れます。我々としては、日本国民である同時に、グローバル市民でもあるという良心もあり、新冷戦を固定化させるのではなく、あらたな協調的な国際協調体制を模索するスタンスで理論形成に参画していくということですね。

やすい:ネオナチとの類似性を指摘することは、イデオロギー的な批難攻撃だと取られては困ります。中野さんは自由・民主主義を守る保守主義を旗印にしているのですから、ネオナチや新軍国主義ではありません。ただ恐慌対策でのナチスの経済政策からも学ぶべきところはあるということですね。また我々の選択がまかり間違えると、どんな恐ろしい道に迷いこまないとも限らないということでもあります。




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