ヒットポイント最終話

高校時代、HPを気にして薄っぺらい会話をしていた僕は、彼女もできたが振られてしまうことが多かった。

「無理して付き合わなくてもいい」
「何考えているかわからない」

別れるときに相手に言われてきた言葉だ。
そっか、と思いながらも、自分は何かが欠けているのではないか?欠陥人間なのではないか?
人に対しての感情が薄いのではないのか?
そんな思いで日々を過ごしていた。

窓際の席の彼女からの視線に気づいたのはその時だった。
特に話しかけられるわけでもなく、ずっとまっすぐな瞳で見つめられていた。
時には目を細めて、睨んでいるように見えるときもあったけど・・・。
あまりに見つめられるものだから、僕も見かえしてみたけれど、彼女の視線は変わらなかった。
最初のころは、どうして見られているのかと少し不快であったが、いつしか彼女の視線が心地よいものに変わっていった。
話をしていないのに、なんだか変な感情であった。

高3になり、彼女ともクラスが分かれた。受験勉強に集中していたこともあり、彼女のことは頭から消えていった。

そして卒業の日。

「あれ?青くない・・・」

そういわれた瞬間、僕の心臓は高鳴った。

青くない?・・それって・・・

「青・・・?もしかして君も・・・」
「いや、なんでもないの!卒業おめでとう!じゃ!」

ものすごいスピードで走り去って行ってしまった。

僕以外にも色が見える人がいたなんて。

それでも僕は彼女を追いかけることができず、ただ茫然と立ち尽くすだけだった。

そんな彼女と再会したのは、20代前半にたまたま地元に帰った時の駅でばったり出会った。

「あれ、長野じゃん」

びっくりした。なにより勝手に体が動いて彼女に話しかけている自分に驚いた。
穏やかそうな見た目で芯がしっかりしていそうな、そんなイメージだった彼女。そのイメージは変わらずだった。

「びっくりした、久しぶりだね、一ノ瀬君」
彼女も驚いているようだが、彼女が僕の名前を憶えていることにうれしさを感じた。
「今何してんの?」
「仕事が休みだからちょっと実家に帰ろうかなと思って。」
「そうなんだ。じゃあさ、明日も休みだよね?明日お茶でもしようよ。なんか懐かしいから話がしたくてさ。」
「え、い、いいけど・・・」
彼女の顔が若干ひきつっているのも、ちょっと不安におもっているのかHPが3減っていることにも気づいていたが、どうしてもこのチャンスを逃したくなかった。
彼女と話すきっかけが欲しかった。

そんなこんなで連絡先を交換し、明日の予定を無理やり決めた。

翌日。近くのカフェで待ち合わせして、ランチをしながら昔の話をした。
「〇〇先生、定年退職したらしいよ」
「今〇〇は実家に帰ってきているって」
なんとか会話をつなげようと、僕は必死にお互いの共通の話をする。
彼女も最初は緊張していたのかHPも80台だったが、途中からは90台になっていた。
僕はうれしくなっていろんな話をした。

だが、ふとした時に彼女が言った。

「大丈夫?」

大丈夫?大丈夫って?
僕は不思議そうに彼女を見た。

「一ノ瀬君、無理してない?私はすごく楽しいから大丈夫だよ。」

そんなこと、今まで一度も言われたことなかった。
HPを気にしながら、そしてうっすらと見える濃淡だけの色で判断しながら、僕は相手とのコミュニケーションを図ってきた。
相手のHPが下がらないように。自分のHPが自分自身で見えないことをいいことに、どんな時でもうまく振舞おうとしてきた。
その結果、人と付き合うことが億劫になっていた。

「なんでそう思うの?」
震えそうな声になりそうになるのを必死に抑えて、僕は彼女に聞いた。

「なんとなく、かなぁ」
にっこり笑う彼女に、僕はとても安堵した。

たわいもない話をして、すっかり夕方になった。

「じゃあ、またね。」

お互いの最寄り駅で別れた。
彼女との接点を逃したくないと、僕はその日から必死にアプローチをした。

そして

「優さんと結婚させてください」

人生で1番緊張した日だった。スーツの下は汗でびっしょりだった。
彼女はとても穏やかに隣で笑っていてくれた。

新しい生活がスタートした。
「一ノ瀬君、これ」
「一ノ瀬君って、もう自分も一ノ瀬じゃん(笑)」
ハンカチを渡そうとする彼女に僕は笑いながら言った。

「あ、確かに。でも多分無理だから、ゆっくり気長に・・・」
「はいはい(笑)」

その後、彼女が少し考えるような顔をして僕に言った。

「一ノ瀬君、どうしてあの時声掛かけたの?」
「あの時って?」
「ほら、地元の駅で・・」

「あぁ、あの時ね」
懐かしい思い出を思い出すように、僕は言った。

「ずっと見てたでしょ、僕のこと。高2の時。だから覚えてるんだよ。」

「いやほら、なんていうか、その、なんていうのかなー!みんなHP気になってる年頃?みたいな!」
顔を真っ赤にして彼女は早口でいった。

「知ってるよ」
「え?」
「優が全部知ってるってしってるよ」
「え?それって…。」
「覚えてないかもしれないけど、卒業式の時に青って言ってたよね?見えてるんでしょ?色が。」

今まで一度も、彼女に「色」の話をしたことがなかった。
大切にしまっておきたかったから。

「それって・・・一ノ瀬くんも?」

「さぁ?どうかなぁ?」

「なんでよー!教えてよー!」

「だって優は全部わかってるんでしょ?」

僕がHPを気にしなくても、君は笑ってくれる。
僕がHPにとらわれなくなったのは、君がいてくれたからだ。

そう思って、彼女を見つめて穏やかにわらった。

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