見出し画像

世界がやってきた!Ⅲ

開始時刻の遅れに加え、元々のスケジュールに無理があったこともあり、撮影は押しに押して、同じ十日町市内の松之山温泉での私のインタビューと浮世絵原画撮影は、予定より2時間以上遅れて夕方5時近くに始まった。

松之山温泉の観光案内所にある、湯治BAR。
飛騰燈火が高額であることや、お酒の瓶やパッケージを際立たせたかったこともあり、私はトイレで、トレーナーから、黒のワンピースに着替えた。今更無駄な抵抗という気がしたけれど、化粧も軽く直す。
通訳のメイちゃんが、私の服の下を通してコードつきの小型マイクを胸のあたりに貼りつけてくれた。
ちょっと心電図をとる時みたいだったけれど、いよいよ、本当に始まるんだなと思った。

日本人の撮影コーディネーターさんが入ってくれてはいたものの、海外とのやりとりで当日までインタビュー内容の詳細はわからず、自然な会話の中でプレゼンターが質問をしてくる、ということだったので、ほとんど何も考えていない。

ぶっつけ本番が全世界に向けて、というのも信じられないけれど、目の前の状況が全体的に現実離れしているのと、そもそも英語もできないので、もうなるようにしかならない、いう心持ちになった。

バーカウンターでのカメラテストで、プレゼンターのヨセフのすぐ隣りに座って向かい合う。
背が高いので昼間はちょっと距離が遠く感じていたヨセフの顔が、すぐ目の前にある。
彫りが深く、大きな目をキラキラと輝かせてこちらを見つめている。
直視に慣れていないので、少しウッときたけれど、会話をし続ける設定なので、片時も目はそらせない。
簡単なやりとりをして、テストはOKとなった。

ヨセフがバーの入り口から入ってきて、私と出会う、というシーンから撮影が始まった。
挨拶を交わしたあと椅子に座り、ヨセフが私に英語で質問をする。
聞き取れる部分もあるけれど、当然英語では返せない。
ヨセフが話した内容をメイちゃんが日本語にして私に伝えてくれ、私が答えた内容をまたメイちゃんが英語にしてヨセフに伝える。
人生のほとんどアメリカで暮らしていて、一年半ほど前に日本に来たというメイちゃんは、たまに私の日本語のニュアンスを理解できず、それを今度は撮影コーディネーターの大友さんが補う、という場合もあって、とにかく時間がかかった。
伝えたいことは山ほどあったけれど、多分、半分も話せなかったと思う。

途中で、戸邊さんも様子を見に来てくれた。

酒を飲むシーンでは、瓶の絵付けをしてくださった丸嘉小坂漆器店のお猪口を使わせていただいた。
ヨセフがお酒を飲めないということで、オーランド・ブルーム似のクルーがかわりに登場する。
「うーん、香りが素晴らしい!日本酒が好きでよく飲むけれど、人生で飲んだ中で一番美味しいです!全く違う。世界一ですね」というような感想を言ってくれた。イギリスの方がよく日本酒を飲む、というのはどのくらい詳しいのか定かでないとはいえ、その実感のこもった表情に嘘はないと思えたので、嬉しかった。

飛騰燈火のパッケージに描かれている龍と鳳凰の原画に加えて、浮世絵師・旬さんの素晴らしい新作や大型の絵もたくさん持参していたのだけれど、予定の終了時刻を大幅に過ぎ、バーの使用時間も限界に達してため、龍の絵だけを撮影してもらうことになった。

世界中に見てもらいたい、必ず世界が感嘆すると思える浮世絵たちが見せられなかったことはとても残念だったけれど、鯉が龍に変貌していく様を描いた力強く美しい登竜門の絵は、飛騰という酒に込めた願いとメッセージを体現した、原点と言える大切なものだったので、きっとそれでよかったのだと思う。

撮影が終わった後、クルーの皆が、生酒の飛騰を飲み、「香りがものすごくいい」「美味しい!」(英語)と感嘆しながらおかわりをしていた。
大友さんは「何これ、すっごい清らか。。なんか涙が。。」と、本当に目をウルウルさせながら飲んでいた。

それを見ていた戸邊さんは、「美味しいって人が喜んでるのみると、自分のことみたいに嬉しいねえ!」と笑顔で言った。
私は戸邊さんのそういうところが大好きだ。

機材を片付け終わり、あっという間にクルーは撤収することになり、ロケバスに乗り込んだ。
今日のうちに東京に移動し、明朝渋谷の様子を撮って、次の撮影国に向かうのだという。
出会ったばかりなのに、なんだか別れが寂しい。

英語が話せたら、もっと想いを伝えられたかな…
雑談の中で、相手のこともたくさん知れたかな…

そんな残念さはありつつも、海外からわざわざ来てくれたクルーや日本の撮影コーディネーターさんたちとの一期一会は、自分にとって一生の思い出となった。

※半袖に黄色いベストの男性が、プレゼンターのヨセフ。
※写真はご本人の許可を得て掲載しています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?