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【いち文で。】自分の居場所を探すために、ここから逃げてもいいー『西の魔女が死んだ』よりー

自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからって、だれがシロクマを責めますか

梨木香歩『西の魔女が死んだ』新潮文庫(2001)、162頁。

 『西の魔女が死んだ』からのいち文です。一言でってわけではないですが、短い文章のこともここでは【いち文】としておきましょう。

 さて、日本では我慢することが美徳とされているように思います。よく、石の上にも三年ということわざが引用されますよね。じっと我慢して花開く、そんなストーリーはアニメや映画、小説などに出てきます。また、人の心のなかにもそのストーリーを良いと思う価値観が入り込んでいるように思います。

 もちろん、我慢していれば事態が好転するかもしれないし、時には我慢することも必要だと思います。ただ、それだけではいつか心身を壊してしまうかもしれません。一度壊れてしまったものを新しく作り直すのは結構難しいし時間もかかるものです。

 だから、そうなる前に、そっと優しく手を差し伸べてくれるいち文はじんわりこころに染みてくるのではないでしょうか。

 三年という月日は、大人になればあっという間に感じるかもしれませんが、学生であれば超長期間です。ストレートに卒業するのであれば中学、高校を丸々含むし、大学も四分の三を占める期間です。

 『西の魔女が死んだ』の主人公まいは中学校に進学して間も無く学校に行けなくなってしまいました。まいは初夏の約ひと月をおかあさん側のおばあちゃんである、西の魔女のもとで暮らします。はじめに引用したいち文は、西の魔女がまいにかけた言葉です。

 おばあちゃんはまいに、自分の居場所を見つけることを説いています。たまたま進学した中学校が合わなかったからってそこで無理する必要はない。新しい環境を探して、そこでのびのびやっていこうとしていいんだよと語りかけています。

 三年も無理し続けていたら、ふつうは心身が壊れるか感覚が麻痺してしまうでしょう。そうなる前に、そこから逃げてもよいのです。そんな言葉があったからこそ、まいは一歩を踏み出せたのだと思います。

 さて、まいではなく、私たちはどうでしょう。やっぱり我慢してしまいがちなことが多いのではないでしょうか。すぐに辞めてしまうことで自分が根性なしだと思ったり、周りからどう思われるか、とかを考えてしまうのではないでしょうか。

 けど、やっぱり大事なのは自分が良く生きられる環境に身を置くことです。そうやって自分に合ったところを探していこうとする時、おばあちゃんの言葉は頼りになるのではないでしょうか。

 自分の居場所は、おばあちゃんも言うように楽な場所かもしれません。でも人によっては楽しいところ、居心地の良いところ、頑張れるところなどが自分の居場所になるのかもしれません。

 そもそもどういう環境を欲しているのか?を考えながら、おばあちゃんの言葉とともにありながら、自分に合った場所を探し続けていきたいですね。

 とは言いながらも、「でもやっぱり・・・」と不安になってしまうのも人間の性なのでしょう。なので、不安な自分にたいするいち文もこれから探していきましょう。それはきっと、優しさよりも、力のこもった勇気のでるようないち文だと思います。

 でもまずは、おばあちゃんの言葉をぐっと感じておきましょう。行動には起こせなくても、言葉があるだけで案外楽になるものです。最後に、もう一度引用をして終わります。

自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからって、だれがシロクマを責めますか

同上。


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