クールでドライで、笑わなそうなそのひとは 第1章
私と彼女が初めて出会った時、たぶんお互いにお互いのことをつかめないなという印象を持ったんじゃないかと勝手に思っている。
前作「泡沫の…」に登場したアイリーンがこのカレッジを去った日、とうとう4人部屋の303号室は私一人になった。
私は日本にいる時は一人暮らしをしていたし、ドミトリー独特の他の人と生活を共にすることにまだ落ち着かないでいたので、アイリーンが去る前までは部屋に一人でいたらどれほど気が楽だろうとか能天気なことを考えていた。
土曜日の昼間は大学の友達とフィッツロイアイランドに出かけていて、ドミトリーの部屋に戻ってきたのは夜の9時頃だったと記憶している。
アイリーンは自分がここを出たあとに新しいスチューデントがこの部屋に入ってくると言っていたので、私はそれがてっきり土曜日のことだと思っていた。
部屋のドアを開けたら新しいスチューデントがいるものだとばかり思っていた私は笑顔の準備をしつつドアノブを回した。
部屋は真っ暗で、自分の机以外は真っ白なままだった。
部屋の電気をつけ、やはり誰もいないことを確かめる。
…。
寂しいかも。
もともと一人部屋だったなら、それはそれでここでの一人の生活を楽しんでいたに違いない。
しかしこの部屋は4人部屋で、しかももともと3人で過ごしていて1人、また1人とこの部屋を去っていった。
思いがけず、4人部屋で1人で過ごすことの寂しさを味わうこととなった。
まあ部屋の中の誰にも気を使わずに過ごせるのはありがたかったけれど。
朝が訪れ、心細さを感じつつもいつものように支度を済ませ、日曜日の午前を部屋で過ごすことにした。
10時30分前のことだったと思う。
部屋をノックする音が聞こえた。
ドアが開く。
New student.
学生スタッフが言った。
そのスタッフの前には黒のキャリーケースに黒の帽子を被った青年が立っていた。
否、よく見ると青年ではなく髪の短いボーイッシュな見た目の女性であった。
一瞬でもその方を男の人だと思ってしまった私は面食らってなんとも力の抜けた
Hello…
が私の口からこぼれでた。
はっと我に戻る。
こんなつもりじゃなかったのに!
ニュースチューデントを迎え入れる時、人好きのする満面の笑みで、かつ元気に
Hello!
と言おうとイメトレしてたのに!
それにしてもびっくりした。
当たり前だけれど、ドミトリーの女子フロアで同じ部屋に男の人が入寮してくるわけないのに。
それにしてもパッと見男の人だと思うほどボーイッシュな女子が入ってきたなー
あまりの動揺で、私の
Hello…
に対して彼女が応えたかどうかは覚えてない。
彼女は部屋に入り、スタッフはリネン類の入ったバスケットを部屋に運び入れ、部屋を出て行く方向に歩いていく。
Today, I’m free?
彼女が冷静な声でスタッフに確認をとり、スタッフは応える。
Yes.
Please come to cafeteria at 11:00.
OK.
ドアが閉まり、この空間には2人となった。
私はなけなしの勇気をだし、彼女に声をかけてみた。
Hello.
What’s your name?
~~Kim(聞き取れず)
ん?
じゅ…?
What’s spell?
〇〇〜
Please call me Kim.
OK!
Are you from Korea?
Yes.
What’s your name?
Aoi.
Aoi.
Are you from Japan?
Yes!
Nice to meet you!
なんかおとなしそうな方だこと。
第一印象は、フレンドリーそうな感じはしなくて1人で行動できます、っていうのと笑わなそうな人だなっていう感じ。
それにしても英語の発音めちゃくちゃ綺麗なんだよなー
キムはキャリーケースを開け、生活できるように整え始めた。
動作にはためらいがなく、でも隣の机にいる私は特に騒がしいと感じることもなく。
こういうの、慣れているのだろうか。
あいにく私はそのあとシティに外出することになっており日中キムと会話することはなかった。
その日の夕食の時間の前のこと。
私はシティからドミトリーの自分の部屋に戻っていた。
するとキムが
A..Aoi.(ちょっと拙い発音だった)
ハイ!
Would you go to dinner (発音が綺麗すぎて逆に聞き取れなかったけどたぶん夜ご飯一緒に食べよう的なニュアンスなのだと思う)
Dinner?
OK!
Let’s go together!
私がそう言うと、キムは窓の近くにある冷蔵庫の方を向いて(つまり私に背を向ける形で)私の支度が済むのを待った。
OK!
Let’s go!
私たちは部屋を出てカフェテリアに向かった。
私は人に話しかけるのが苦手だが、今日はじめましての相手と隣だって歩いているのに無言で歩くのもどうかと思い、足りない脳から言葉を捻り出した。
When I entered the room, I was surprised that the room was dark.
Are you OK?
ah..(ちょっと笑いながら)
OK..
Do you like dark?
Yes.
In Korea, what were you doing?
〜〜(聞き取れず)
ん?
Web designer.
Oh, web designer!
なんて返したらいいんだ、わからん。
そう思って焦って
Do you like art?
と聞くと、笑いながら
No.
と返事があった。
そりゃそうだよな。
会話の返しとしても変だよな。
己のコミュ力と英語力の無さを痛感する一瞬であった。
カフェテリアに入った。
割と早めに着いたようで、壁沿い(つまり列の前の方)に並んだ。
キムが尋ねる。
Where are you from in Japan?
Prefecture.
Tokyo, Osaka..
I’m from Kanazawa.
Kanazawa?
Yes, (スマホの地図を開き、金沢を指さす)
Here, Kanazawa.
This is Tokyo, and here, Osaka.
Oh..!
I’m Kanazawa University student.
huum..
夕食の列が動き、私たちは配膳を済ませテーブルにつく。
私たちの食事は極めて静かだった。
直接的に言うと、食事中言葉を交わすことはなかった。
私はいつも夕食を多めにとるが、キムは少なめである。
キムはお皿に少し残った状態でスマホを取り出しいじり始めた。
やがてキムは立ち上がり、お皿を持ってドアの方に歩いていく。
キム、どこに行くんだ?
と思っていると、テーブルに戻ってきた。
Sorry, where should…(これまた聞き取れなかったけど、お皿をどこに返せばいいかを聞いてるんだろうなと察した。)
私は立ち上がり、返却場所に歩いていく。
Ah..
You can find “return~”.
And you can put in basket.
Ah, OK.
そういうとキムはお皿とフォークとナイフ全てを洗剤水の入ったカゴの中に入れてしまった。
ごめん。
伝え忘れた。
You can put the dish on the table, and put fork and nife…
Ah… sorry.
マジでごめん。
そう心の中で思っているとキムは部屋に戻っていった。
私は食事に戻り、自責の念に駆られながら食べ続けた。
部屋に戻ると、部屋の電気はついておらずデスクライトだけが闇を照らしていた。
しかしキムは椅子に座っていない。
もしやもうベッドに上がった、のか?
私は大混乱しつつもいつものようにシャワーを浴び、部屋に戻り支度をして床についた。
この先不安でしかないんですけど〜‼︎
分からん‼︎
この方とどう関わったらいいか‼︎
出会ったことのないタイプなんだもん‼︎
私はこういうカレッジに来るのはコミュ力がばか高い人ばっかりだと勝手に思っていたので、この状況の中でなおのこと自分がどう振舞ったらいいか全く掴めないでいた。
私、この人とうまくやれるのかな…⁇
心配と不安でしかなかった。
でもその時の私はまだ知らないのである。
クールでドライで笑わなそうなその方の可愛らしい素顔を。
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