ヒーローショーでショッカーに連れ去られて登壇するはめになったあの日の私
弟に付き合って、「ヒーローショー」を見に行ったことがある。
何のヒーローだったか、もう思い出せない。
たぶん、朝の戦隊ものだ。
もう20年以上前の話になる。
母と弟と私の三人で席についた。
地元のホールに子どもたちが集まって、ステージのお姉さんが話すのを聞いていると。
急に会場のあらゆる場所から、悪役の下っ端たちがつぎつぎにあらわれ、会場を支配した!
「きゃー!」
お姉さんが叫ぶのを、冷静に見ていた私。
当時、10歳を超えていた。
ヒーローショーを純粋に楽しめる年齢でもなければ、弟や会場のノリに付き合って盛り上がれるほど「おとな」でもない。
まわりの小さな子どもたちが、きゃーきゃー喚いている中、「わたしはこの場違いな場所で、どうふるまえばいいのか」を懸命に考えていた私のすぐそばを、悪の下っ端が通りかかった。
悪の下っ端、いわゆるショッカーみたいなやつは、会場の子どもたちをさらって、ステージ上に連れ去ろうという「おそろしい計画」のさなかだった。
わたしは、いやな予感がした。
連れ去るなら弟だろ。
てか、連れ去るのにふさわしい子どもたちがまわりにいくらでもいるよね?
どう考えてもわたしじゃないよね?
じっとその場で、ショッカーと目を合わさないよううつむいていた私の腕を、ショッカーはガシッとつかんだ。
そしてそのまま、抱えるようにして持ち上げると、意気揚々とステージに戻っていったのだ。
わたしごと!
見る目なさすぎ!!!
絶対私じゃない方がいいだろ!!!
そう思って、なんとか逃れようと暴れたら、ステージにいたショッカーのボスみたいなやつが、「生きのいいやつだな。気に入ったぞ^ ^」とコメントをするので、逆にはずかしくて、もがくのをやめた。
あれよあれよと登壇させられ、檀上には、私と小さな男の子が立たされた。
ショッカーたちと、ショッカーのボスと、小さいぼうやと、私10歳。
・・・浮いてる!!!
確実に浮いてるって!!
おかしいって‥!
10歳でもその違和感はわかってしまって、もういたたまれなくて、仕方なかった。
いかついショッカーのボスが、隣のぼうやに名前と年齢をたずねる。
「・・・〇〇です、5歳です・・・」
ビビりながら答えるぼうや。
かわいそう。こわいようだ。
ショッカーのボスは、その怖がりように満足そうにうなずいて、今度はわたしにマイクをむけた。
「ふふふ、貴様も怖いだろう。そんなに怖ければ、名前と何歳かを答えろ」
・・・なんで!?
なんで、「怖ければ」とか前振りすんの!?
これ答えたら、怖がってるみたいやん!
そう思ったわたしは、無言でボスを見つめ返した。
「・・・・・。」
会場は爆笑だった。
私が答えないので、うろたえるショッカーたち。
でも、ボスはこの程度の反抗に動揺しなかった。
「ふふふ、なるほど。強がっているようだな」
ちゃうって!!!!笑
心の中でそう叫ぶも、会場はまたもやどっと笑いが起きる。
どうやら会場も、誘拐するにふさわしくない「大きなお姉さん」が、悪の手に落ちないのがおもしろいのだろう。
するとここで、予想外の展開に。
なんと敵は、どちらかひとりを会場に戻し、もうひとりを囮にヒーローをおびき寄せる作戦を決行すると言い出したのだ。
そこは、私だよね!?
私がステージからおろされて、もう一人のぼうやがヒーローをおびきよせる囮に使われるって話だよね????
お願いだから、私がショーを壊してしまうまえに、会場に戻してくれ!!
そう願ったのに、当然のように小さいぼうやを抱っこして、会場の母親のもとに返しに行くショッカー。
・・・なんでやねん!!
おかしいやろ!!空気読め!泣
ぽつんとステージに取り残されて、ヒーローをおびきよせる人質となってしまった私に、ボスがつめよる。
「怖いのなら、大声でヒーローを呼べ!助けを求めろ」
「・・・・・・・。」
「怖くて言葉も出ないか!だが、お前の叫びでヒーローが来れば、やつらは一網打尽だ!」
「この会場のひとびとが、どうなってもいいのか!」
「・・・・・・・。」
めっちゃ、脅してくるやん。
もちろん今の私なら、「きゃあ~助けて~!」とノリよく言える。
おとななので。
でも、内気な10歳の少女には、なかなかハードルが高かった。
だんまりを決め込む私に、会場は爆笑だったが、次第にそれもだれてくる。
「ヒーローまだかなあ」という、間延びした空気をひしひしと感じる。
これ、わたしのせい?
いや、私を最後の人質に選んだ、ショッカーが悪い。うん。
そうやって黙り込んだままで立っていると、
「呼ばれなくても登場するぜぇ!!!!」
勇ましい掛け声ともに、ヒーローのブルーがステージ脇から飛び出してきた。
かっこいい音楽が鳴り始め、会場がわあっと歓声に包まれる。
ボスは驚いて振り向き、ヒーローブルーにキックされ、後ずさっていった。
その隙に、ブルーが私をそっと抱き上げ、ステージの下におろしてくれた。
「よくがんばった!あとはオレたちにまかせろっ!」
「いや何も頑張ってないんすよ」
と言えるわけもなく。
ブルーは私の頭をぽんぽんとして、再びステージのショッカーたちと戦い始める。たぶん、レッドやイエローや、ほかのヒーローも登場し、ステージは乱闘状態だっただろう。
でも私は、それを見ることなく、大急ぎで母と弟のいる席に戻った。
ここは多分、助けに来てくれたヒーローへの感謝とか、喜びとか、期待とかを胸にするもんなんだろうけど、そのときの私にそんなものはなかった。
「よくがんばった」って、何を!?
そんな気持ちで、会場の誰とも目を合わせずに、自席に走った。
母が「ごくろうさん」という、憐れんだ顔でみてきて、やっと大きなため息が出た。
弟は、さらわれた姉のことなんか、微塵も興味なさそうだった。
その後のショーのことは、まったく記憶にない。
でも、このショッカーに連れ去られて登壇させられた出来事は、なぜか私の記憶にずーっと残っている。
あのとき、わたしはどうしたらよかったのか。
ノリよく、助けを求める子どもであるべきだったのか。
ショッカーは、なんで私をさらったのか。
ヒーローたちは、呼ばれもしないで登場したことをどう思ったんだろうか。
そんな、意味のない、考えても仕方ないことがぐるぐると頭を巡っては、消えていく。
苦くもおかしなあの日の記憶が、忘れられないのだ。
もし、あの日の私に言ってやれることがあるのなら、何て言おうか。
「あの日のあなたは、あれが精いっぱいだったとおもうよ」
そのくらいだ。
きっと私は、うまくやれなかった自分にちょっと傷つき、「ヒーローショー」を盛り上げられなかったことを、すこし後悔しているのだとおもう。
でもたぶん。
あの日ショーを観たひとたちは、何にも気にしていない。
わたしをさらったショッカーも、呼ばれなくても登場するはめになったヒーローも、私のことなんか覚えていない。
そんな、なんてことないあの日の記憶は、今もわたしの心の隅に。