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サリンジャーには悪いことをした

ファジーネーブルの匂いは当分嗅ぎたくない。


汚い表現が続くので、嘔吐=「サルトる」と置いて話を進める。
これは私が先日、4回にわたってサルトった話である。

飲む時は、人を選ぶべきである。自分のキャパとか、そういう問題ではない。その時の相手やコミュニティがルールを決める。「飲み」は特にそのルールの色が強い。理性の及ばない儀式的な空間が形成されてしまう。少なくともそこで自分のスタンスを提示する度胸が自分にはない。そうやってまた過ちを繰り返す。

最初に頼んだジンジャーハイがメガジョッキで運ばれてきた時から、すでに運命は決まっていたのかも知れない。ルールはすでに決まっていた。それからまたジンジャーハイ、緑茶ハイ、ヨーグルト酒のロック、ファジーネーブル。そこからはもう覚えていない。確かこのあたりで一度サルトった。直前に食べた油そば大盛りが全てなかったことになる。胃が空になったので少し余裕が生まれ、席に戻った頃にはさっき全部飲んだはずのファジーネーブルが満タンになっている。こんな超常現象が、飲みの場では起こり得る。

解散し、山手線外回りに乗る。とりあえずあの魔境からは抜け出すことができた。あとは日暮里から一本で最寄りに帰るだけだ。眠気もあったのでヘッドホン着け、セル×クリーヴランド管弦楽団の「田園」を聴きながら電車に揺られていた。日暮里から最寄りまでは約50分、尺としては丁度いい。そして40分程経った時、再び逆流に襲われた。もちろんビニール袋なんて便利な物は持ち合わせていなかったので、瞬間的にショルダーバックに全てを委ねた。どうしようもなく情けない気持ちでドアの端に座り込み、涙なんてものも立て続けに出てくる。周りの乗客は一瞥もくれず、ある種異邦人的な感覚に包まれながら、耳元では5楽章のホルンの牧歌的なモティーフが流れている。

最寄り駅に着き、急いで降車した後エレベーターの裏で休んだ。最終電車だったため、少しして見回りに来た駅員と遭遇し「大丈夫ですか?」と声をかけられたが、微笑で返すことしかできなかった。服と鞄にサルトリティを纏いながらとぼとぼ帰るしかなかった。家に帰ってまずサルトリティを洗い落とし、ティッシュで所持品を拭いた。トイレに入った瞬間、前にかがみ込みながらサルトった。本日3度目だ。電気を付けていなかったので何も見えず、罪悪感から開放された気分になる。時刻は午前1時。午前6時からコンビニのバイトがあるため4時間程度しか寝れない。胃液で喉を焼いたから水もろくに通らない。仕方なく龍角散を舐めながらベッドに入った。

5時20分に目が覚める。一瞬にして昨夜の全てを思い出す。体を起こし寝癖を治す。ここで4度目、サルトる。ここまでくるともう軽作業化してくる。逸脱行為も慣れると罪悪感を感じなくなってしまうものなのか。ティッシュで処理し、バイトに向かう。龍角散を舐めながら。


最後に、サリンジャーには悪いことをした。
彼の書いた9つの物語を吐瀉物で覆ってしまった。
罪滅ぼしとして、彼の作品は全て読もうと思う。


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