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臨床推論 Case154

Ther Clin Risk Manag. 2018 Apr 20;14:753-756.
PMID: 29720877

【症例】
55歳 男性

【主訴】
発熱 意識障害

【現病歴/現症】
■ 2014年2月, 発熱出現して4時間後に意識障害を認め来院された.
■ BP66/42mmHgで診察では特記すべき異常なし.
■ 血液:白血球数10,420/μL Hb15.9g/dL 血小板数6.1万/μL D-ダイマー13.70μg/mL PT-INR 1.34 APTT 53.9秒 AST 197U/L ALT 123U/L LDH 348U/L γ-GTP 643U/L 総ビリルビン4.8mg/dL アンモニア正常 TP5.8g/dL アルブミン3.2g/dL クレアチニン6.27mg/dL BUN 41mg/dL CPK 1,039U/L 血糖155mg/dL HbA1c 6.8% CRP 15.33mg/dL
■ 迅速抗原検査でインフルエンザA型陽性であった.

【経過①】
■ 抗ウイルス薬のペラミビル300mgを1回投与された.
■ 脳MRIでは以下の通り.

What's your diagnosis ?






【診断】
インフルエンザ感染に伴う急性壊死性脳症

【経過②】
■ 基底核に対称性の病変を認め, 典型的な急性壊死性脳症の所見を示した.
■ 痙攣はみられなかったが、初回MRIの7時間後に意識状態が悪化しMRIでも増悪していた.

■ 血小板数は1.1万/μLまで減少したため, 髄液検査は実施しせず.
■ 輸液, 昇圧薬, ガベキサートメシル酸塩, mPSL1g3日間, 免疫グロブリン2.5g/日3日間などを投与した. また人工呼吸管理と血漿交換を行い急性腎不全に対して持続的血液濾過透析を実施した. 入院6日目に人工呼吸器から離脱し14日目にICUを退室した.
■ 治療により日常生活にわずかな支障を残すのみで, ほぼ完治し発症28日後のMRI所見も改善した.

【考察】
■ インフルエンザA (H1N1)に伴う小児の神経学的症状は報告されているが, 成人では稀である.
■ 急性壊死性脳症は両側視床を対称的に侵す多巣性の脳病変を特徴とする.
■ インフルエンザ関連脳炎・脳症の一病型である.
■ 1998-1999年の日本における脳炎・脳症の流行時のsurveyで, 148例中121例(81.8%)は5歳未満で10歳以上は稀であった. 急性壊死性脳症は全体の10%を占めた.
■ 2011年2月から2013年2月に英国小児神経学サーベイランスユニットと英国神経学サーベイランスユニットを通じて行われた小児と成人の多施設サーベイランス研究では, 神経症状を呈した25例(小児21例、成人4例)のうち,急性壊死性脳症は4例の小児にみられ. 成人では見られなかった.
■ 急性壊死性脳症はインフルエンザやその他のウイルス感染症に続発する中枢神経系の稀な合併症である. 意識障害を呈し, 痙攣を伴うことが多く, 急速に進行し死亡率が高い. 予後は完治から死亡まで様々であり, 死亡率は約30%, 完治は10%未満で, 生存者の多くに神経学的後遺症を認める。
■ 我々が知る限り50歳以上の急性壊死性脳症の症例報告は1例のみであるが, その報告は脳MRIは実施されていない. 症例は80歳男性で数年来の糖尿病, 52歳時の脳梗塞, 40年の喫煙歴があった.
■ 小児の急性壊死性脳症の脳MRI所見は報告されている. 23歳女性, 27歳男性, 27歳女性などの若年成人の脳MRI所見は, 小児例と類似していた.
■ 典型的な所見は両側視床や被殻, 大脳・小脳白質, 脳幹被蓋部などに対称性に分布する浮腫性壊死の多発病変であった. とくに両側視床を含めるのが特徴的である. ただし全例ではない.
■ 両側視床を巻き込む病気はWerniche脳症, ヤコブ病, ADEM, 日本脳炎など. 経過とそれぞれ画像の特徴があり鑑別する. ( AJNR Am J Roentgenol 2009;192:W53–62.)

■ 若年の急性壊死性脳症10例の報告(AJNR Am J Neuroradiol 2020, 41 (12) 2250-225)
▫️患者のキャラクターおよび症状

▫️典型的な画像

▫️アウトカム

■ インフルエンザによる成人発症の9例のまとめ(臨床神経 2020;60:157-161)

▫️髄液細胞数増多は22.2%(2/9)
▫️ 入院時のMRI異常なしが44.4%(4/9)もいた
▫️ 3例死亡, 3例後遺症あり, 3例完全回復した

■ 近年はCOVID19での報告がべらぼうに多い(J Clin Neurol. 2023 Nov;19(6):597-611. )

■ 急性壊死性脳症は致死的であるが本症例は幸いにも回復した. 日本人の急性壊死性脳症患者の死亡率(31.8%)と後遺症率(27.7%)は高いことが知られている. MRIで出血や局所的組織欠損がみられると予後不良とされるが, 本例には特徴的所見はなかった. 典型的なMRIによる診断に加え, 経時的なMRI所見から予後予測も可能と考えられた.
■ 本症例は単なる急性脳症ではなく, 急性「壊死性」脳症である可能性がある. 急性脳症ではびまん性の細胞傷害性浮腫を呈し, 拡散強調画像で非対称性の高信号を示す. しかし本例のMRI所見は前述の急性壊死性脳症の既報例と合致していた.
■ インフルエンザ関連急性壊死性脳症の病態はまだ不明である. 髄液からインフルエンザウイルスが検出されることは稀である. インフルエンザ感染による全身性炎症に伴う「サイトカインストーム」が重症脳症に関与している可能性が示唆されている. したがって直接的なウイルス侵入よりも免疫応答が本疾患の病態のようである.
■ 急性壊死性脳症は集中治療, 対症療法, 経験的治療が行われ, ステロイドパルス療法, 免疫グロブリン大量静注, 血漿交換, 低体温療法なども試みられているが標準的治療は確立していない.

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