見出し画像

暑がりな男と寒がりな女

暑がりな男と寒がりな女

 傘をさしても全身が濡れてしまうような、ひどい雨風の一日でした。急激な気温の低下で、子どもたちが少し震えながら帰ってきたので、体が温まるようにミルクティーとキャラメルパウンドケーキを用意していたら、突然、玄関のベルがけたたましく鳴りました。
「パパだ!」と中二の長女が嫌そうな顔で言います。時計を見ると、まだ17時を少し過ぎたばかり。
「まさか、こんな時間に?」とインターホンの映像を見ると、夫の姿がはっきりと映っています。と同時に、向こう側から「わしだ!」という声が聞こえてきました。

 夫は鍵を持ち歩いているくせに、決して自分でドアを開けようとはしません。「おかえり~」と家族が笑顔で、仕事から疲れて帰ってきた大黒柱を迎えるのが当たり前だと思いこんでいるのです。
 確かに昭和の時代はそんな家庭が多かったかもしれません。実際に私の祖父母の家では、祖父が仕事から帰ってきたら、何をしていても全員が玄関に立って出迎えていましたから……。ですが今は、平成でもなく令和の時代です。
 家に入るや否や夫は、「なんだ、この閉めきった家は!暑いじゃないか」と言って、窓を開け始めました。「寒いから閉めたのよ」と言う私の声も全く夫の耳には入っていない様子で、「暑い!暑い!」と呪文のように呟きながら、窓を開け続けます。
 窓をひとつ開けるごとに、「うぅ~うぅ~」と唸るように音を響かせ、激しい風が家じゅうを駆けめぐり、ひと暴れしては通りぬけてゆきます。
「パパ、寒いよぉ」と長女も言いますが、「寒いわけがない!」と、スーツを脱いだ主人は、ランニングに短パン姿です。扇風機まで出してきて、自分にむけてガンガンにあてています。その様子を見て、高校生の長男は諦めたのか?無言で自分の部屋に入っていきました。

 お父さん こわいよ 魔王がいるよ……

 部屋が寒くなり、快適になり?満足そうな夫をじっと見ていたら、私の頭の中にシューベルトの「魔王」の歌曲が流れだしました。目の前にいる夫こそが、「魔物」ではないのか?という疑惑が私の中で生まれたのです。
 長男に続き、長女も自分の部屋にいき、私はパーカーをはおり、キッチンへ。火を使えば少しは温かくなるかもしれないと思ったからです。
 夕食ができあがり、子どもたちを呼ぶと、二人とも長袖を着ていました。長女は、その上にカーディガンまで着ています。そんな中、一人だけランニングに短パン姿の夫。家の中で一人だけ、確実に浮いています。完全に浮きまくっています。そして、この耐え難い違和感に一人だけ、全く気づいていないのです。

「パパ、やっぱりこの部屋、寒すぎるよ」と私。それにも答えない夫に、「ご飯を食べたら、自分の部屋に入ってくれない?窓を閉めたいから」と続けて言いました。夫の部屋には50インチのテレビがあります。スピーカーだって買ったし、もちろん、エアコンもあります。夫にはできる限り、自分の部屋に居てほしくて、欲しがるものはすべて買ってきました。ですが夫は自分の部屋に入りたがろうとはしません。極端なさみしがり屋なのです。

「私たちみんな、パパのために寒いのを我慢してるんだよ。それがわからない?」今度は、聞きわけのない小さな子ども諭すような口調で言いました。
「ええで」
「え?」
「閉めてもええで!」
 夫は吹きすさぶ風の音に打ち消されそうなくらいの、小さな小さな声でボソリと言いました。そんな私たちの様子を静かに見ていた長男は、主人のすぐ横で、笑うのを必死にこらえていました。(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?