2022年まとめ 家族と生と死と。

なんとなく。今年は私の人生の中で、将来振り返ったときに節目となる年のような気がするので、備忘録的に記録を残そうと思う。
 
今年一年、あっという間だった。毎年言っている気がするけれど、今年は本当にいろんなことがあった。
 
総じて家族、特に夫との信頼関係が深まった一年だった。
 
 
3月に結婚式を挙げた。
 

入籍したのは2019年の12月で2年半も前のこと。当時遠距離だったので私が地方から東京へ越してきて一緒に暮らし始めたのは2020年4月。コロナ禍真っ只中である。
 
お互いIT系の会社に勤めているのもあり、テレワークへの移行は制度的にも設備的にもスムーズだった。
独身時代は2人ともいわゆるワーカーホリックで、終電間際に帰宅することも珍しくなかったため、都心にある会社へのアクセスを重視して決めた23区内のマンションはその機能を果たすことがしばらくなかった。
世間的にも不安が漂う中でも新婚生活のスタートだったが、案外楽しく過ごしていた。
仕事は家でするし、週末もステイホーム。お互いの暮らしのリズムが分かったし、それがお互い似通っていることが分かったのが収穫だった。
 
2020年8月に挙げる予定だった式は、感染拡大状況を鑑み延期することにした。
2度の延期を経て、2022年3月に、満を辞して式を挙げることができた。
 
涙もろくて、ドラマや映画を見てよく泣いてしまう私だけど、楽しませなきゃ、しっかりしなきゃモードに一度入るとなかなか抜け出せず、アドレナリンばんばんの状態だった。
 
花嫁の手紙も、内容を考えたり下書きをしたりした時は泣けてしょうがなかったのに、本番は泣く気配なく淡々と読み切って自分でもびっくりした。
 
だけど。読み終わって顔を上げた時に、泣きじゃくる母の顔を見て。糸が切れたかのように泣いてしまった。父には「幸せになってね」と言われて。
私はこの母と父の娘なのだと。切っては切れないものを感じることができた。
夫の両親も本当にあたたかく、涙を流してくれた。
この人と結婚をして、この人の家族と家族になれて、良かった。家族が2倍になったことが嬉しかった。
仕事がどれだけ大変でもその事実だけで私は最強に幸せ者だと思うことができた。
 
 
 
10月に義祖父が亡くなった。
 

夫の父方の祖父ではあるが、身内を亡くすのは初めての経験だった。
3月に結婚式に来てくれた時も元気そうで、私たち2人を本当に祝ってくれた。
ふくふくとしていてやさしくて、孫たちから愛されて、おじいちゃんらしいおじいちゃん。いまだに孫たちにお年玉を渡していて、その中には当然といわんばかりに私の分もあった。私もすぐに大好きになった。
 
その日の朝、朝ごはんを食べて、ふと立ち上がった瞬間によろけて、そのまま。直前まで元気だったそうだ。
90歳の大往生だった。90歳で、こんなにきれいに骨が残ることは稀らしい。
家族に囲まれて、孫に囲まれて。
自分の家でいわゆるピンピンコロリ。こんな風に死ねたらいいなと思える最期だったとともに、どんなに元気でも、人はいつ亡くなるか分からないことを嫌でも実感した。家族に会えるうちに会いに行こうと思った。
 
 
 
11月に妊娠が分かった。
 
 
まだ安定期前なので、正直不安な日々が残るけれど。そんな不安な私の10倍くらい夫は喜んでくれて、暇さえあればお腹をさすってくれて、家事を請け負ってくれている。
(妊娠するとポテチやマックなどジャンキーなものが食べたくなるらしいという通説を知り、ポテチを箱買いしてくれたけど、私は全然食べる気になれなくて夫がずっと食べている。)
 
まだ胎動を感じることはできないけれど、エコーで心臓が動いているのを見て、泣いてしまった。
死と生の両方を1ヶ月のうちに知ることになるとは思ってもみなかった。
生まれ変わりなんてものを信じるたちではないけれど。
お腹のお子も、おじいちゃんのように、身の回りの人を愛し、愛される人生を歩んでいってほしいと願わずにはいられない。
 
今はつわりの関係で、義実家へ帰省はできないけれど。安定期に入ったらおじいちゃんに会いに行って直接報告しよう。
 
どうかどうか、お腹の中の子供が順調に育って、無事に産まれますように。
来年は、幸せと不安を噛み締めながら今までとは違ったものを抱えながら過ごすことになるだろう。
だけど夫と、この家族がいればなんとかなると身をもって実感できた一年があるから、きっと大丈夫。安心して産まれてきてね。
 
 

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