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最悪な人間ではなく、最良の人間を想定する

今日は『希望の歴史(下)』(ルトガー・ブレグマン著)という本からの話です。

プロパガンダに踊らされる私たち

戦争におけるパターンに、前線からの距離が遠くなればなるほど、憎しみは増大し、塹壕では敵同士の人間的交流が見られるそうです。
テレビを通して見ている人たちの方が敵に対する憎しみが強く、現地で敵と顔を合わすぐらいの距離で戦っている兵士はお互いを理解し合いやすいということです。

1914年のクリスマスイブに、英兵と独兵が聖歌を歌って贈り合ったという話があります。また他の戦争でも、敵同士がタバコや他の物々交換をして語り合ったりすることが実際に起きているそうです。

ここから考えられることは、政府やメディアによるプロパガンダによって私たちは操作されているということです。

人々を仲良くさせるプロパガンダ

そして著者は問います。
プロパガンダが憎しみを強め、意見の対立を招くことに使われるのなら、逆に、人々を仲良くさせることもできるのではないだろうか?と。

コロンビアではゲリラとの戦争が五十年以上続いて大勢が犠牲になっています。
そこで、コロンビアの防衛大臣が、マーケティングのプロに、”ゲリラ・マーケティング”を依頼しました。

マーケティングチームは、たくさんの元ゲリラ兵にインタビューをして「彼らは普通の人間だ」という結論に達しました。そして攻撃するのではなく、もっと感情に訴えるべきだと言いました。

そして12月に「クリスマス作戦」を行いました。
ジャングルの奥地にクリスマスツリーを飾り、垂れ幕をつけました。垂れ幕には「ジャングルにもクリスマスがやってくるのだから、あなたも家へ帰るといい。脱退しよう。クリスマスには、すべてが許される」と書かれていました。
1ヶ月のうちに331名のゲリラ兵が脱退したそうです。

また「光の川作戦」を行いました。
ゲリラに加わっている兄弟、姉妹、息子、娘、友人に宛てて、「家へ戻ってきて。わたしたちはあなたを待っている」というメッセージが書かれた手紙や小さな贈り物が、LEDで光る透明なプラスチック球に入れられて川に流されました。
これにより、さらに180名のゲリラ兵が武器を置きました。

翌年には「ベツレヘム作戦」が遂行されました。
元ゲリラ兵へのインタビューにより、ジャングルにいるゲリラ兵はしばしば方角がわからなくなることがわかりました。そこで道標になるよう、LED内蔵の小さなプラスチック製の発光体を数千個、軍用ヘリコプターから撒きました。さらに、強力なサーチライトを設置し、ゲリラ兵が進むべき方角がわかるように、毎晩、空に向けて照射しました。

そして、ゲリラ兵の母親たちから彼らが幼い頃の写真を提供してもらい、ジャングルのあちこちに置きました。それらにはこう書かれていました。
ゲリラになる前、あなたはわたしの子どもでした
これにより218名が両親の元に帰りました。

戻ったゲリラ兵たちは、恩赦を受け、社会復帰プログラムに送られたそうです。

優しさと平和の伝染病を広げる

これらの作戦を遂行したチームは、前線から遠くなるほど憎しみは強くなるパラドクスに出会いました。「ゲリラとの戦争の影響を受けていない人の方が、ゲリラに敵意を抱きがちだ」と。その一方で、自分らが拉致されたり、愛する人を失ったりした人々は、過去を水に流したいと思っていたそうです。
チームはそこにスポットライトを当てました。やさしさと平和が伝染病のように広がった時に、影響されない兵士はほとんどいませんでした。

敵も味方も自分達と変わらない人です。政治家や利権目当ての人たちはフェイクニュースや強硬手段とあらゆる手段を用います。平和や友好的な態度を望む人たちが多くても、他者の憎悪を駆り立てようとする人たちや、 SNSで怒りや毒を撒き散らす人たちのパワーは強力なので、人はそれに惑わされてしまいます。

共感は諸刃の剣

そして、それに一役買うのが「共感力」です。
共感を感じている人の脳内で何が起きているのかを調べる実験がありました。
不幸な人に共感し、相手の気持ちをありありと感じると、同じように悲観的になってしまいました。
相手の苦悩を共有するのではなく、彼らへの優しさ、気遣い、思いやりを呼び起こすことに気持ちを集中させると、落ち込むこともなく気分もよかったそうです。

共感(相手と同じように感じる)は人を消耗させ、思いやりは他者の苦悩を共有せず、私たちにエネルギーを注ぎ込み、それを理解し行動するのに役立ちます。思いやりは他人を助けるのに必要です。

大半の人は親切で寛大だと考える人が増えると、世の中が変わる

「訳者あとがき」にこのようなことが書いてありました。(太字は私がしました)
(ブレイグマンは、ルトガー・ブレイグマン、オランダ出身の歴史家、ジャーナリスト、ノンフィクション作家)

ブレグマンは、人間を最も親切な種にしているメカニズムと、地球上で最も残酷な種にしているメカニズムの根っこは一つだ、と語る。それは「共感する能力」だ。「共感はわたしたちの寛大さを損なう。(中略)少数を注視すると、その他大勢は視野に入らなくなる。(中略)悲しい現実は、共感と外国人恐怖症が密接につながっていることだ。その二つはコインの表と裏である」
 また、ブレグマンは、現代人の苦境を「多元的無知」という言葉で説明する。多元的無知とは、「誰も信じていないが、誰もが『誰もが信じている』と信じている状態」、つまり、裸の王様を褒め称えた人々の状態だ。ブレグマンは、「人間の本性についてのネガティブな見方は、多元的無知の一形態ではないだろうか。ほとんどの人は利己的で強欲だという考えは、他の人はそう考えているはずだという仮定から生まれたのではないか」と問いかける。そうだとすれば、「最悪な人間ではなく、最良の人間を想定する」ことも可能だと彼は明るい方向に目を向ける。
(中略)
ブレグマンは、「わたしたちが、大半の人は親切で寛大だと考えるようになれば、全てが変わるはずだ」と語る。そう考えるか考えないかは、わたしたち一人一人に委ねられている。

『希望の歴史(下)』

日本は善意の人の国

日本社会はもともと最良の人間を想定する社会でした。
財布を落としてもちゃんと中身ごと返ってきます。自動販売機がこんなに道端にある国は日本以外ないそうです。他国では壊されてお金と中身が盗まれるので外に設置しないそうです。

京都に住んでいるスペイン人と知り合った時、彼女は「この国では私は落とし物は警察に届ける。この国は善意の国で、私が落としても返ってくる。私の国ではそれはしない。みんなしないから。」と言ってました。

災害時でも日本は犯罪や暴動が少ないことで有名です。

美しいところに人はゴミを捨てない

以前、テレビ番組でみましたが、どこかの国のスラム街に住む日本人女性が家の前に花を植えることを始めたそうです。最初はひっくり返されたり、植物が抜かれたり、小便をかけられたりとひどい目に遭ったそうです。それにもめげず花を植え続けたら、少しずつ変わり始め、隣人も花を植えるようになり、何年か後にはその街は清潔で安全な街になったとのこと。

美しいところに人はゴミを捨てません。

あとがきに書いてあるように、私たちが皆、最良の人を想定し、大半の人は親切で寛大だと考えるようになると世の中は変わっていくでしょう。
ただそうなるまでは、それを実行する人はそれなりの忍耐と根気が必要となります。が、最後には「続けてきて良かった」と世の中の変化に喜ぶことになるでしょう。


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