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タイムカプセル

「タイムマシン?」

「なにそれ、ドラえもん?」

低い声が響き渡る。


僕らの担任の先生、通称けんちゃんは、ティシャツの上からでも分かる分厚い筋肉をピクピク動かして、うーむという顔で顎に手を当てた。


僕ー翔は学校の先生でも理解できないことがあるんだと、驚きながら再度けんちゃんに向かって説明を始めた。


「あのね、僕たちは後半年で小学校を卒業するでしょ?卒業したら、僕たちが確かにここに在籍したって証拠がなくんっちゃうんだ。だから、僕たちがここにいたよっていう証拠を残すために、タイムカプセルを埋めようと思うんだ!」

やや興奮気味に話したせいか、隣にいた翼の眼鏡に僕の唾がかかった。

「わっ、なにすんだよ、翔。汚いな」

と、眼鏡拭きを取り出して眼鏡を拭きながら、翼が僕の言葉の続きを話し始める。

「翔、今タイムカプセルって正しく言ったけど、さっきはタイムマシンって言ったぞ。」

翔は「しまった」という表情を浮かべて、ばつが悪そうにもじもじした。

「翔が言ったように、俺たちがここにいたってことは、卒業してから薄れていって、大人になったら、この小学校で過ごした6年間が本当だったのか信じられなくなりそうで……。だから、俺たちが確実にここにいたんだって証拠として、タイムカプセルを埋めようって話になったんです。大人になって掘り起こしたら、当時はこんなことしたなって、記憶も戻ってくると思うんです。だから・・・

「「けんちゃん、お願いします!」」

二人して同時に頭を下げた。


その様子を見たけんちゃんは、愛おしそうに笑った。

不安げに見つめる二人。

「よし、わかった。タイムカプセルやろう!」

と、大きな手をパチンと合わせてにこにこと言った。


その瞬間、翔は

「みんな、けんちゃんから、タイムカプセルの許可もらったよー!」

と歓声を上げながら教室に向かっていった。

ポーカーフェイスを装いながらも、嬉しそうにその後ろを翼も付いていった。


「ここにいた証か、俺が思っていた以上に子どもじゃないんだなぁ」

と、けんちゃんは呟いた。

「それにしても、タイムマシンって、、、思わずドラえもん?!と間抜けな声が出ちゃったよ」

やれやれと、頭を振り苦笑いを浮かべながら、教室に向かった。


その日の学級活動の時間。

けんちゃんは、静まり返った教室によく響く低音で

「さっき翔と翼から提案があって、タイムカプセルを校庭に埋めたいんだけど、みんなはどう思う?」

と問いかけた。


「意義なーし」と翔が口火を切り、次々と「賛成!」との声が挙がった。

「よし、反対の声がないので、実行に移そう。翔と翼、前へ出て司会進行よろしくな」

と言って、教室の一番後ろの空き机に腰を掛け、ぶっとい腕を組んで成り行きを見守る体制に入ったけんちゃん。


翔と翼はガタガタと音を立てながら、黒板の前に移動する。

「じゃあ、タイムカプセル計画について話し合いたいと思います。意見がある人は挙手をお願いします。」


チャイムが鳴るころには各自、タイムカプセルに入れるものを考えていた。

黒板には、決定事項が書かれている。

「タイムカプセルに入れるものは、一人1点。手紙でも物でも良い。ただし、給食袋の巾着の大きさに入るもののみ。腐るから食品はダメ。」

「掘り起こすのは、8年後の成人式の日。それまでけんちゃんが、責任をもってタイムカプセルを掘り起こされないように監視する。」

「埋めるのは、校庭の端にある大きな桜の木の下。埋める許可はけんちゃんが校長先生に取ってくる。」

「埋める日は一週間後の、学級活動の時間。」

「なに埋めよう?」と口々に相談していて、教室はにぎやかだ。


そして一週間後。

待ちに待った、タイムカプセルを埋める日が来た。

みんなそわそわしながら、その時を待っていた。


「翼は、何を埋めるの?」

「俺?俺は……」

「なんだよ、途中でやめるなよ。もったいぶってないで早く教えて。」

「……いや、やめた。8年後の楽しみがなくなるだろ?翔こそ、何を入れるんだよ?」

「僕も内緒!掘り起こすときを楽しみにしてて!」

お互い両手に、巾着袋を握り締め照れたように笑う。


とそこへ、何やら大きい段ボール箱のようなものを教卓の上に置きながら、けんちゃんが声を出す。

「よし、みんな!今日はタイムカプセルを埋める日です。忘れずに、埋めるものを持ってきたかな?」

「はーい」と口々に声を出す。

騒然となりだしたクラスに、けんちゃんの低音が響き渡る。

「この、段ボールの中に敷いたビニール袋の中に、各自持ってきたものを入れてください。忘れずに、名前は書いてるよね?最後にそれだけ確認してから、前に出てくるように。」

ガタガタっと椅子が鳴る音が聞こえ、あっという間に段ボールはいっぱいになった。

その段ボールをさらにビニール袋に入れ、台車の上に乗せる。

「結構重いな」

と呟いたけんちゃんの声が意外だった。

あんなに筋肉があるのに、重いって思うんだと翔はびっくりした。

そのまま、みんなで桜の木の下に向かって、穴を掘る。

「よし、もういいだろう。段ボール置くよ。」とけんちゃん。

そろりそろり、慎重に段ボールを置き土をかける。

完全に埋まったところで、目印の棒を立てる。

棒の表面にはこう書いてあった。

「20××年1月〇日まで掘り起こすべからず。6年3組」


「かっこいいでしょ、けんちゃん。この文章翼が考えたんだよ。」

と翔が得意げに鼻を膨らませた。

翼の頭に手を置いて

「こんなかっこいい文章考えるなんて、翼は頭がいいな」と嬉しそうに褒めた。

褒められた翼はまんざらでもなさそうに、笑った。


その顔には、熱い日光が降り注いでいた。


それから8年後の20××年1月〇日。

タイムカプセルを掘り起こす日を迎えた。


薄っすら積もる白い雪の上に、色とりどりの振袖が艶やかに花咲く。

化粧をばっちり決めて、髪をアップにした姿を見て大人になったなと、顔をほころばす。

男子はスーツの上からコートを着ているので、何の面白みもないな。でも、背が伸びて声変わりをしてるから、もう誰だが分からないな。

と8年振りに再開した教え子たちを見て、感慨深げに思う。


「けんちゃん!」とあっという間に教え子たちに取り囲まれる。

「けんちゃんの筋肉全然変わらないね。ムキムキしてる。」と隙あらば触ってくるこの感じがまた懐かしい。

もみくちゃにされていると、「ごほん」とわざとらしい咳が聞こえた。

「そろそろ、タイムカプセル掘り起こしたいんだけどいいかな?」

翔と翼だ。8年経ってもあの頃と変わってない雰囲気が嬉しい。

「よし、男性諸君スコップは持ったか?それでは、掘り起こし開始!」

「おー!」と野太い声が響いた。


ザクザクと土を掘る音が聞こえる。

固唾を吞んで見守る女性陣。

「おっ、あったぞ!」の声で、慎重に掘り起こされたタイムカプセル。

緊張感が高まる。

翔が「けんちゃんが開けて、みんなに配ってください。」

「わかった。」

と言って、段ボールの封印を破った。

開けたと同時に8年前の教室の空気が流れ込んできたような気がした。

名前を読みながら、一人ひとり品物を手渡していく。

目の前の教え子が二十歳の今から、12歳の小学校6年生に戻っていく。

そんな錯覚を覚えた。

翔が翼に「見せて!」と問う。

それを無言で手渡した。

「アルバムだ!」と歓声を上げながら、食い入るように眺めている。

翼が入れたのは、小学校1年生から6年生までのクラス集合写真だった。

ご丁寧に写真の裏には、クラスメイト一人ひとりの名前が書いてあった。

「父さんが言うんだ、大人になったらクラスメイトの顔と名前が分からなくなるって。だから、写真の裏には名前を書いておきなさいって。そんなの嘘だと思ってたんだけど、言われた通りにしてみて大正解。ほんとに分かんなくなるわ。特に女子。あんなに綺麗になったら面影残ってなくて、詐欺だよな。」

ちょっと照れたようにぶっきら棒に言う姿は、小学6年生のころと変わらなかった。

「翔は何を入れたんだよ。8年も待ったんだから、もちろん見せてくれるよな!?」と翔に迫る。

「はい、僕はこれだよ。」

と巾着袋ごと手渡す。

「え、これ?」怪訝そうな顔とともに袋から出したものは、お菓子のおまけについてくるカードだった。

「そう、このカードすっごく流行ったから、当時を思い出せると思って!しかもこれ、超レアカード。今プレミアついて10万くらいで売れるんだよ。」

「まじかよ!じゃあこれ売って、飲み代にしよう。俺が高値で売ってきてやるよ。」

「えっちょっとまって、そうは言ったけど売るつもりはないからね!!返してーー」

子どものような追いかけっこが始まった。

そんな様子をほほえましく見ていたけんちゃんは、ある教え子が

「けんちゃんは何を入れたの?」という一言で我に返った。


「あ、そうだ。忘れるところだった。おーいみんなー。ちょっといいか?」

騒めいていても、聞こえるけんちゃんの低音がみんなをシーンとさせる。


「クラス一人ひとりに手紙を書いたものを、タイムカプセルに入れました。ちゃんと二十歳の君たち向けに書いてあるよ。今から渡すから受け取ってほしい。でも、家に帰るまで読まないでくれよ。恥ずかしいからな。」と言って、一人ひとりに手渡していく。

掘り起こした土を元に戻し、その上を雪が再び覆っていく。

明るかった空も次第に暗くなっていく。

時間は流れていく。

タイムマシンに乗ることはできない。

僕らの世界に、まだドラえもんはいないから。

そんなことを思いながら、けんちゃんは帰宅していく教え子を見送っていた。

「なぁなぁ、けんちゃんの手紙なんて書いてあった?」と翔。

「もう、読んだのかよ、早いな」と翼。

「だって待ちきれなかったから。」

ちらっと横目で翔の手紙をのぞき込んで

「多分同じ文章だよ。」

「未来でまた会おう。今度は酒でも飲みながら」

あの夏の日から時間は過ぎたけど、僕らは確かにあの場所にいて、そこから全てが始まったのだ。





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