力士が飛んだ日
力士が大型化を始めたのは19世紀初頭の事だった。それまで単純労働のためのものと思われていた力士たちは【運輸】という新たな土俵に立った。
レールを必要とせずあらゆる地形をすり足で越えていく力士力機関車は大陸内の流通を劇的に進歩させ、港には1万トンの積荷を乗せた横綱級力士船が行き交う。
様々な流通網が力士によって支えられる中、未だに彼らが立ち入れていないのが空だった。
一般には知られていないが、力士は空を飛ぶことができる。正確に言えば、6m級程度までの力士であれば、体内に比重の軽い水素などを詰め込むことでふわふわと浮遊することができる、といった程度だけれど。
このため力士の航空機利用は現在でもあまり積極的に研究されていない。でも僕はいつか空を自由に舞う彼らの姿を見たいと思っていた。
「おうケン坊、今日も見学か?」
「うん」
僕は今日も学校の帰りに近所のまわし工場へ遊びに来ていた。ここの工場長も僕と同じで、いやそれ以上に空を飛ぶ力士を実現させたいと思っている人だった。工場の奥では、今も化粧まわしを溶接する激しい音が聞こえてくる。
「はっはー!ケン坊、お前運がいいぞ」
「えっ?もしかして」
「そうさ!ついに見つかったんだよ、例の条件に合う力士が!」
驚いた。なんてタイミングだろう。
「じゃあ、本当にいたんだね、20m級で……!」
「おう、とびっきり肺活量の強いやつがよ!」
ズズズズズズズ……
「おっ、噂をすれば来たぞ」
地響きと共に山のような力士が歩いてくる。
「ドッスコーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ」
「凄い、すり足で動きながらあんなに長い間気勢を上げられるなんて」
現れた力士は、筋骨隆々としたタイプの体つきで、とてもやさしい目をしていた。
「工場長、四股名は?」
「ああ、この京の街から、初めて大空を舞う力士が出るんだ、この名をつけなきゃ嘘だろ」
工場長はまぶしそうに彼を仰ぎ見た。
「なあ。舞鶴!」
【続く】
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