見出し画像

トナカイって冬に角が生えてるのはメスだけらしいぜ #2

「盆と彼岸がいっぺんに来たみたいだぜ……」
 おれは呻く。むせ返るような血の海のなか、そこかしこに死体が転がっている。トニーのせいだ。おれはもっと大人しくやるだろうと思っていたんだ。もうあいつも若くはないんだし。

「アンソニー、おい、アンソニー。誰がアジトを制圧しろっつったよ。ちょっと忍び込んで幹部か誰かのスマホを掻っ払ってくればよかっただろうが。これじゃ早晩ばれちまう」
『ふん……』

 携帯でがなる向こう、トニーはご機嫌斜めに唸る。じいさんによれば橇を牽いていたあのカモシカ--ジェシカとかいう名前らしい--には電磁波をほとんど全波長で攪乱・偏向する能力が備わっていたらしい。彼女を中心に半径一〇〇メートルほどが効果範囲だ。

「で? カモシカの死骸はどうしたって? 誰か話してただろ、それかパソコンに指示が入ってたかもな。見たよな?」
『ふん……』

 今のは肯定の“ふん……”だ。多分。おれとトニーは長い付き合いだが、未だに五回に二回は間違える。それはまあいい。なんにせよこいつを連れ出さなければならない。騒動に気付いたやつらに追われるわけにもいかない。何よりろくな報告なり連絡なりをよこさないこいつに代わって、成果物を浚わなきゃならない。
「よし、よし。おれは表のロビーだ、さっさと戻ってこいアンソニー。あんたのトラックで帰ろうぜ。爺さんは〈ヤキトリ・フライト・クラブ〉にいるはずだ」


 〈ヤキトリ・フライト・クラブ〉。ここでは鳥が焼く。だから焼き討りだ。
 磨かれたみたいに擦り減った床板を踏んで店内に入ると、爺さんはカラオケボックスの前に座っていた。退役軍人の元パイロットたちも一緒だ。なにを歌っていたんだ、と聞いてみると、都々逸だと返ってくる。なんだそりゃ。バーカウンターの内側でママがグラスを磨いている。どこか火照った表情で、じいさんを見つめながらだ。冗談だろ。

「なあ、ママ、あんた昔はサンタなんて信じてたか」
「ええ。でも一度も来なかった。うちは電気ストーブだったから」

 聞いて損した。おれは爺さんのところへ歩み寄って、

「パイロット連中とはどうだ」
「こちらのミハイとアンドリーが手を貸してくれるそうだ。我々が搭乗するのは古い輸送機だというが……」
「おたくのカモシカの死骸を回収する算段をつける。死んでても効果はあるんだよな?」
「ある。だが気をつけろ、彼女は全波長の電磁波を攪乱・変更する……」
「もう聞いたよ」
「全波長だ。可視光を含む」

 どさりと重く濡れた音が聞こえて、おれは振り返る。
 トニーが肩に担いだなにかを床に降ろすパントマイムをやっていた。まるで闇堕ちしたサンタクロースだ。返り血で赤黒く染まった外套から、エリクサーの小瓶を取り出して振りかけた瞬間、彼の姿が忽然と消失する。
「ふん……」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?