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【Zatsu】きみはタブーを経験したか?

言ってはならない言葉、いわゆる禁句というのがあります。相手の名前をネタになじっちゃいけないとか、体型や身体的欠陥を冗談にしてはいけない、とか。小さい頃、よく親から言って聞かされたよね。
でも、世の中にはそういうのとは別のレベルで口にしてはいけない言葉があります。

むかしのこと、バイト先だったコンビニがつぶれたので次の仕事を探していたら、ひとつの求人広告が目にとまりました。

「電話オペレータ募集」
活気のある職場であなたも元気よく働いてみませんか

いちばん小さい枠で必要最低限の情報しかなかったけれど、ラクそうだったので思い切って電話してみることに。

「あ、すみません、タウンワーク見て電話してるんですけど」
「あ、募集の件ですね。面接はいつこられますか?」
「えー、木曜日の午後は大丈夫でしょうか」
「あ、はい、じゃあ木曜日の午後に履歴書持参でお越しください」
「はい、わかりました。それでは木曜日の――」
「ガチャ……」
「あ……」

ちょっとしつこかったのかな。まあ、とにかく意外にアッサリと予約が取れたので、なんだか拍子抜けしてしまった。

―――当日―――
広告に載っていた地図を頼りに会社へ向かった。
どことは言わないけれど、山手線のとある駅を降りて目の前でした。会社が入っている雑居ビルに足を踏み入れると横幅が異常にせまく、ちょうどゲーセンの通路を歩いている感覚に近い。
ボタンの変色したエレベータに乗って指定された階まで上がった。行先階ボタンのわきには社名プレートがいくつも並んでいる。

で、扉が開いたとたん、右の部屋からおおきな声がいくつも聞こえてきた。5人や10人じゃない、おおぜいの人間がそれぞれかってに騒いでいる声。

「なんだ?」

わけがわからず、騒ぎと反対側の左手にある受付に顔を出すと、中年のおじさんが出てきて「すみません、8階なんです。一緒にいきましょう」と連れて行ってくれた。

面接室に入ると、ミスター梅介みたいなオジサンが待っていた。社長だそうだ。社長面接スタート(いきなり)。
「で、いつから働けるかな?」ハイ、採用決定。
「はい、明日からきます」
「うちの仕事は結構たいへんだよ。大丈夫?」
「はい」(と言うしかないでしょ)
「じゃ、がんばってね」
「はい、がんばります」(イヤですとは言えんわな、ここまできたら)

社長室を出ると、さっきの中年おじさんが待っていてくれた。
「いやぁ、おつかれさま。」
「どうもありがとうございました」
一緒に階段をおり、受付のあるフロアーでおじさんと別れた。さっきの部屋がまた騒がしい。
「あ、そこね」おじさんが部屋を指差した。「キミの仕事場だから」
「ここかよ!」
その瞬間、部屋から怒声が聞こえてきた。

「なにしとんじゃ、コラ!」
「ナメとんか、オウ!」

「じゃ、明日からがんばってね」 ⬅よく聞き取れない

「おい、オマエどうすんだコレ、おい、オイ!」
「お母さん、なんで約束守らないの。ねえ、なんで、ねえ?」


おじさんは逃げるように奥の部屋へ消えていった……。

翌日、部屋に入ってようやく分かったよ。ここは債権回収業者。代金を踏み倒したり支払いを滞納したりしている客に対して、取立ての電話を代行する会社です。これって電話オペレータ……まあたしかにそうかもしれないが。

教育担当の先輩が滞納客リストをおれに手渡しながら、笑顔で言うんだ。
「だいたいわかるよね?」
いやいやいや。心のなかでは必死の形相で激しく「NO」と叫んでいたけれど、とても口に出せる状況じゃないのよ。先輩は話を続ける。
「電話の際に、ひとつだけいっちゃいけない言葉があるんだ。わかる?」
首を横に振るおれに先輩はやさしく教えてくれました。

「〇ね。それだけは言わないように」
「じゃあ、それ以外は―――」
「何でも言っていいよ」

もうむちゃくちゃです。必死になりながら、怒号と罵声の飛び交うなかで電話をかけまくる。おれも結構キツイ言葉で代金の催促をするんだけれど、それでも甘いらしい。
いっそのこと、あの言葉を言いたい。
おれ自身に対してあの言葉を言わせてくれ。

ほんとにもう、ここは武力革命の最前線かと思ったね。
殺気ありすぎ。
部屋のなかの何十人という男女がいっせいに電話の向こうの見えない相手にケンカ売ってんだから。もちろん、カネ払わないほうが悪いんだけどさ。

当然ながら、その日で辞めましたよ。
おれにはちょ~っと荷が重かったっす。

翌週、また別のバイトを探していると広告が目にとまりました。

「電話オペレータ募集」
活気のある職場であなたも元気よく働いてみませんか

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