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【Zatsu】Gai-jinハウス

まだ学生だったころ、ゲストハウスに住んでいたことがある。外国人用のゲストハウスだったのでバックパッカーが多く、日本人はほとんどいません。

当時おれは翻訳家をめざしていて、学校の先生(アメリカ人)が同じようなゲストハウス(Gai-jin Houseでつうじることが多い)に住んでいると聞いたので「これはいい」と。英語の勉強にもなると思った。留学するカネとかなかったんで、今のアパートを引き払い、長期滞在の予定で。
いまとなっては若気のいたりだけど、行動力だけはあったんだな。雑誌で見つけてすぐ引っ越すことにしました。
いわく、ここはニューヨークっぽさがウリらしい。どういうことだか。

ほとんどの人は外人ハウスの滞在経験ってないと思うけれど、とにかくボロいのよ。特にココは。
まず、正面玄関にたどり着くと、とびらのうえに掲げられたド派手な看板が出迎えてくれる。看板のまわりをパチンコ屋みたいな電飾がグルグル回っていて、遠くからでもえらく目立つ。
ここの客は、基本的に観光目的のショートステイがほとんど。派手な看板は、場所に不案内な外国人のために離れていても目立つよう作ってあるんでしょう。が、悪目立ちってことば、あるよね。
学校から帰ってくると、この無駄にギラつく建物に吸い込まれていくわけですよ。周囲の住民から「あぁ、あいつも」という目で見られるのがつらかったわ。

建物自体がまた凝っている。総杉造り。つねにどこかできしむ音が聞こえます。台所、キッチンの備品、トイレ、シャワー(バスタブなし)はすべて共同です。シャワ―にいたっては、男女の別すらない(鍵はかかるが)。
どこがニューヨーク?
でもまあ、俺はあまり他人のことは気にしない性格なのですべてOKです。しかも英語の勉強が主な目的だったんで、6人部屋で申し込んでおきました。会話も弾むかもしれないしね。

いざ、入居手続きへ。
「本当に6人部屋でいいんですか? 個室も空いてますけど」という管理人の女性に「別に気にしませんから」と愛想を振り撒きながら部屋まで案内してもらう。
「ええと、じゃあこちらが部屋になりますんで」

――――みなさん中東の方――――

「あ、あの……」
「じゃ、なにかあったら言ってください」
(何かってなんだよ! この状況でそんなこと言うな)

ガラガラ、バタン。
あぁ、行っちまった。ニューヨークっぽさ、っていうか、ニューヨークでも裏道のほうだろ、ここは。

部屋には2段ベッドが3つ並んでいる。仕方なしに、おれは空いている下段ベッドに荷物を下ろした。そして、大丈夫だ、大丈夫だと必死に自分に言い聞かせる。

言い聞かせる。

言い聞かせる。

おい、どうして全員おれのほうを見てんだよ? この状況はマジで怖い。みんな「ナイス・トゥ・ミー・チュー」とか言ってくるんだけど、目が全然笑ってないんだよ。つけっぱなしの小さなテレビでは、お笑い番組をやっている。テレビのなかの風景が、ものすごく薄っぺらに感じたね、いまの自分のリアリティに比べると。

壁には英語の紙が貼ってある。
「自分のものは自分で管理しましょう」
ようするに貴重品管理は自己責任でって言いたいんだろうけれど、この状況じゃ「自分の身は自分で守れ」を意味していると思えてならない。

だんだん疑心暗鬼になってきて、エノク文字みたいなわけわかんない言語の貼り紙も「殺られるやつがマヌケなのさ」って書いてあるんじゃないかと思えてくる。

その夜は眠れませんでした。バッグを抱えて目をつむり、ベッドで横になったまま、まんじりともせず震えて朝を向かえました。真っ暗になった部屋の中では、夜通し、5人がヒソヒソと向こうの言語で話し合っています。
まったく、なに言ってるかわかりません。
はっきり言って、メチャクチャ怖いです。

翌日、早々に個室へ変更してもらいました。
管理者の女性はたった1日で部屋を変更してくれというおれに対して別段おどろいた様子も見せず、あっさりと個室を用意してくれました。おれはふと思った。

アンタ、知ってただろ?


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