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【Zatsu】ぞくっとした想い出 8

数年前まで、鹿児島に赴任していました。
常に仕事に追われて心身とも疲弊していたから、休日はひたすら温泉で黙浴しながら疲れをいやすという、行者のような毎日でしたね。

でも社屋は比較的きれいで設備環境も悪くない。職場のセキュリティにも最新設備が導入されていた。深夜に室内で人の体温を感知すると赤外線モニタが起動して侵入者を自動録画するという、やや過剰な防犯設備もあった。明らかにオーバースペック😅。

伝導マグネットロックって知ってます? 職場の入口扉は強力な電気磁石でロックされていて、カードキーをかざすと解除されて扉が開く仕組み。入室時にカードキーをかざし、出るときにもカードキーをかざすんだ。入室時にかざしていないと、退室時にかざしてもエラーになる。不正侵入防止の仕掛けだね。磁石はおそろしく強力で、力ずくで引っ張ってもびくともしない。
そこまでガチガチにガード固める必要もないと思うんだけど。

そんなある日、ビルの管理室から連絡が入った。いわく、数日前の深夜に部屋へ立ち入った社員がいるかどうか確認したい、とのこと。一応みんなに確認したが該当者はおらず、その旨を回答すると首をひねっている。どうやら、赤外線モニタが反応したらしいんだけど、何も映っていないらしい。
コピー機の誤認ではと聞くも、人間の体温域にしか反応しないので、OA機器に誤反応することはありえないらしい。
結局、この件は「原因不明、継続警戒」として片付けられたんだ。

ところが、それ以降、毎週のように深夜の録画事故が頻発した。業者にみてもらうも原因不明。実際に何か存在していたから反応したはず。でも、その「何か」が映っていない。
ただ、おれたちも繁忙期に入っていたため毎日ヘロヘロで、それどころじゃなかったのよ。ビル管理室もこちらの様子を察してか、あまり問い合わせはしてこなくなった。ただ、事故が相変わらず続いていたらしいことはおれもなんとなく把握していた。

そして、ある夜。日中の仕事に疲れ果て、ベッドで爆睡しているおれの携帯が鳴った。深夜の電話って基本的にろくなことないじゃない? 寝ぼけまなこで電話に出ると、電話の向こうでは男性が余裕のない声で叫んでいる。

「緊急事態です、緊急事態です。大変です、侵入者です。いますぐ、急いで業務エリアまで来てください。大至急、大至急おねがいします!」

どうやら、ビルの管理室かららしい。今までの経緯もあったもんだから、おれは飛び起きてラフな格好に着替えると、急いで会社へ向かった。なにしろアパートから会社まで徒歩5分くらいなので、すぐ駆け付けられるんだ。

ところが、走っているうちに会社のビルが見えてきたんだが、どうも様子がおかしい。シーンと静まり返っているのよ。あんなに大騒ぎになっているんだから、せめて自分のオフィスのフロアくらい電気がついていても不思議じゃないのに、全館まっくら。ビルの管理室も消灯されており、ひと気がない。そのとき思いだしたんだ。管理室は18時で終了し、深夜警備員はいないんだった(夜間警備はALSOKのみ)。
もうこの時点で、すこし嫌な予感がしていた。

でも、さっき「早く職場(業務エリア)まで来い」と言われているので、このまま帰るわけにもいかない。カードキーは持っているのでエレベータで職場のフロアまで上がり、職場に入った。そしてカードキーをかざしたんだけれど、反応がない。あれ? もう一度かざす。やはり無反応。いつもだったら「ピーッ」って音がしてマグネットロックが解除されるんだけど。扉に手をやって少し力を入れると――、なんとロックがされておらず、何の抵抗もなくすんなり扉が開いたんだ。

何が何だかわからないまま、深夜の職場に足を踏み入れる。壁のスイッチを押すと蛍光灯がついた。誰もおらず、机とイスとロッカー、音のしない時計。ブラインドの隙間から夜の闇が見える。冷たい灯りに照らされた職場にポツンと立っているのは、あまり気分のいいものではない。

ともあれ、「なんだ、なにもないじゃん」とつぜん呼び出され、慌てて来てみたものの、とくにおかしなこともない。侵入者は――いたのかな。ドアロックが解除されていたしな。でも、ALSOKも来る気配がないし、部屋も荒らされた形跡がないし、なにより現時点で誰もいないし😔。

とりあえず、現時点で何もできることがないので帰ることにした。
壁のスイッチを押して照明を落とす。その瞬間。

ガコン

背中のほうで音が鳴った。それには聞き覚えがあった。伝導マグネットが扉をロックしたときの音だ。
やられた、というか、やっちまった、というか。とにかく状況がよくない方向に進みつつあることだけは理解できたので、つとめて冷静を装いつつ扉の前まで行って手をかける。やはり、びくともしない。
「とにかく、ここにいちゃいけない」と内心あせりながらも、意図的に動作をゆっくりにしながら、ポケットからカードキーをかざす。

ピピピピ<エラー>

え? もう一度かざす。

ピピピピ<エラー>

すぐに気づいた。入室時にカードキーをかざさなかったからだ。
その瞬間、なんだかものすごい悪意みたいなものを感じて悪寒がした。

やばいな。どうするか。力ずくでドアを、いやいや吉田沙保里でも無理(ALSOKだけに😏)。窓から脱出して――いや、ここ12階だわ。くそー、どうすれば、どうすれば……。考えあぐねていると、扉の上に赤いランプが小さく光っているのに気付いた。なんだ? 目を凝らしてみる。
「主電源」
「!!!」
おもむろにポチる。ランプが消える。
扉に手をかけると「スーッ……」すんなりと開いた。

オーイ、ここのセキュリティどうなってんだ!


なんだかよくわからんが、危機を脱したおれは部屋を飛び出し、部屋はしっかり再施錠したうえで(ここらへんに責任感を感じる)、アパートまで無事逃げ帰ることができた。

あとから気づいたんだけど、どうして侵入者アリの連絡をおれの携帯にかけてきたんだろうか。挙句の果てには、おれに現場へ行って対応しろという。常識的に考えておかしいだろ。
そもそも、あの電話を深夜にかけてきたのはどこのどいつだ、と思って着信履歴を見たんだけど、履歴自体がそもそも残っていなかった(非通知とかそういう以前に、そもそも受信歴がない)。

連日発生していた赤外線モニタの事故も、もしかしたら当日のおれの行動を未来予測的に映したんだろうか、とか、意味不明な推測もしてしまった。
ビルの管理室には本件について確認しませんでした。「ハァ?」と言われるのがオチなので。
でも、それ以降は赤外線モニタ事故の話も聞かなくなったので、たぶん収束したんじゃないかと思います。

幽霊を見たわけでもありません。やや寝不足になりましたが、これといった被害を受けたわけでもありません。不可思議な体験ではありましたが。

ただ、何よりも衝撃だったのは、ボタンをポチッと押せば電源OFF、あっさりセキュリティロック解除って、ガバガバすぎだろ。
これがいちばん怖かったですね。う~ん😨