徳島県住みます芸人じゃなくなりました。
表題の通り、「徳島県住みます芸人」ではなくなりました。
正確には去年の9月から「徳島県応援芸人」という肩書きに変わっておます。
お知らせできてなく、プロフィールだけこそっと変わってる状態でした。
徳島という看板を使わせていただいてるのにもかかわらず、それだけで不誠実な対応だったと思います。すみませんでした。
ぬるっと変わってるのに変わらぬ応援していただいてる皆様本当にありがとうございます。
この記事では
・「住みます」→「応援」変わった経緯
を説明させていただきます。
1 徳島県住みます芸人就任後、育児が始まる。
出産が2017年10月、その前後で住みます芸人のお話を頂き、
「子供生まれたけど、徳島におってもまぁ大丈夫か。徳島から劇場も通えるし」
という今なら考えられへん激甘な考えの元、手を上げさせて頂きました。
手を上げた理由はマジで単純に地元が好きだったからです。
ただいざ子育てが始まると、当然長時間妻と子の元を離れるわけにもいかず(まして妻も仕事してます)、
週に1、2度徳島に帰り、お仕事をして大阪に戻り育児とアルバイトと劇場の出番をこなし、また徳島で仕事して、という日々を2018、2019年は過ごさせて頂きました。
そういう感じで、よく言えば二拠点生活、普通に考えたら「住んでへんやんけ」の状態でした。
やはり子供ができた身で手を挙げた僕が激甘。徳島愛の先走りで吉本側にもいらぬご面倒をおかけしたし、妻と子も大変だったと思います。
2 コロナ禍
その生活をしていた中で、コロナで2020年から徳島に帰れない日々が続いてました。
完全に大阪に居る1年で、「住みます」ももうええかぁと思ってたんですが、社員さんの頑張りによりなんとかお仕事を頂き、オンライン観光など出来る範囲で携わらせていただくうちに「まだ徳島になんもできてないな」と思うようになってきました。
3 徳島愛を叫び続ける手段
会社にも相談させて頂いた結果「徳島県応援芸人」という肩書きに変更になりました。
拠点は大阪ですが、ガンガンに徳島のことに携わらせていただくというスタンスです。
なので今までと大きな違いはないんですが「住みます」と名乗る若干の後ろめたさからは解放され、どこにいてても徳島愛を高らかに叫び続ける芸人ということで自分の理想に近い形になりました。
吉本の「住みます芸人」は全国にいますが数少ない「地方応援芸人」と言う肩書き、まだ真っ白な肩書きなのでこれのイメージを僕が作り、徳島だけでなく各地の地方出身の芸人が地元でも活動しやすいモデルケースを作るのも僕の使命なんじゃないかなと勝手に思ってます。
てか書いてる最中に思いました。ひぇ〜。頑張ります。
というわけでその「応援」の具体的な第一弾として「耕作放棄地の再生」の応援をしていこうと思います。
もちろん甘くはないんですが、木頭ゆずの抱える問題を解決していこうと思います。詳しくはクラファンサイト、もっと詳しくは後ほどの記事で。