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治療と組織の力学の下で

サリドマイド禍の衝撃は、原因が究明された今も、薬害のはなしにふれるたび、広く人々の脳裏をよぎる。


サリドマイド禍は、製造工程における光学異性体の左手型が、半数も混入、問題なので、小さな意味では異なるが、薬害とジャーナリズムという大きな意味での同じ部分に注目していきたい。
野依良治博士が、このような右手型と左手型をうまく造り分けること(不斉合成)を可能にする触媒の研究で、か2001年にノーベル賞を受賞した。
子どもの頃だったので、「化学ってすごい」とただ純粋に思った記憶がある。懐かしい限りである。


薬が、治療すべき病気よりはるかに酷いものをもたらすケースとして、歴史と記憶に焼き付いているサリドマイド禍を挙げたが、大小の差こそあれ、今も、そのようなケースたちはあるだろう。


しかし、新たな薬における功罪は、1952年にL・MeylerのSide Effects of Drugsから認識されはじめたが、一般的に広く知れ渡ったのは、サリドマイド禍が患者やその周囲はもちろん、監督官庁、政治家、学者等に、そしてメディアに影響を与えながら、法廷に至ったと気ではないだろうか。


それまでは、責任の転嫁に時間を費やすことが多い。


古来より人間に備わっている治癒に対する執念は、生きるための必要十分条件である、といっても過言ではない。


しかし、その執念は、ときとして、新しい薬に対する「自然な期待感」と「自然な警戒感」のバランス感覚を狂わせてしまう。


同種の問題は薬以外でも、広く世の中で日々起きている。


温暖化であれ、紛争であれ、何の問題であれ、どこか、同じような根を持つ問題であろう。


私は、(よく脱線しますが)なるべく精神医学治療の面から、ということを軸に、描いてゆきたいと思う。


ここまで読んでくださりありがとうございます。夏バテ気味で、なかなか、起きられませんでした。暑いですが、頑張りすぎず頑張りたいですね。では、また、次回。



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