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黒ヘル戦記 第九話(最終回) 空席

『情況』2022年夏号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第九話 空席
1977年12月、内ゲバ事件が発生し、外堀大学の学生が殺人罪で逮捕された。この事件によって「人殺しの弟」となった男が、犯罪加害者家族の苦悩の日々を語る。

 革命家になると、それまでとは違う人生が始まる。行動範囲、交友関係、生活習慣のすべてが変わる。
 が、人生が変わるのは革命家本人だけではない。家族の人生も変わる。
 革命家の家族は、自分の人生を変えた人間をどう見ているのだろうか。

 地獄でまた革命やろう
       奥平剛士

 1

 小平駅北口の階段を降りると、やたらと幅の広い通りに出る。中央分離帯のある堂々たる通りである。
 近くにある小平高校の学生たちは、この通りを「ひんやりロード」と呼んでいた。両脇に並ぶケヤキの大木に陽の光が遮られ、夏の昼間でも薄暗く、ひんやりしているからだ。通りに沿って並んでいる石材店のどっしりした佇まいや、店頭に置かれた暮石や石柱も、ひんやり効果を高めている。
 石材店が並んでいるのは、この通りが小平霊園の参道だからだ。
 小平霊園は小平市、東村山市、東久留米市の三市にわたる東京都立の墓地公園。約65ヘクタール、東京ドーム14個分の広大な面積をもつ。管理事務所の住所は東村山市萩山町だが、最寄駅は小平市の小平駅である。
 小平高校は駅の南側にある。40年前、俺が通っていた学校だ。
 時計を見ると12時30分。約束の時間まで余裕があった。俺は踏切を渡って駅の南側に出てみた。
 南口の正面には巨大なマンションが建っていた。昔はなかったものだ。が、他の部分はあまり変わっていなかった。駅前のロータリーは昔のまま。その周りの建物も昔のまま。高校時代によく行った喫茶店「コロラド」は「永田珈琲」になっていたが、喫茶店であることに変わりはない。他も同じで、商店街の店は入れ替わっていたが、建物の位置や交差点の角度、道の曲がり具合など、街の輪郭は変わっていなかった。
 この日はバスで田無駅に出て、そこから西武新宿線で小平に来たのだが、田無の駅前はすっかり変わっていた。街の輪郭そのものが変わっていたのだ。
 が、小平はそうではない。変わったところもあるが、大きなところは変わっていない。
 パラレルワールドをテーマにしたアメリカのテレビドラマを思い出した。このドラマの登場人物はもう一つの世界で、もう一人の自分と遭遇する。もう一人の自分の住むもう一つの世界は、自分の住む世界と微妙に違う。街の輪郭は同じなのだが、どこかが違う。小平駅の光景はそれに似ている。
 もう一つの世界、もう一つの人生は誰でも夢見たことがあるだろう。しかし、もう一つの世界がこっちの世界よりもいい世界なのか、あっちの自分の方がこっちの自分よりも幸せなのか、それは誰にもわからない。自分が自分であるかぎり、どこの世界でも同じ生き方をするのかもしれない。
 そんなことを考えていると、つむじ風がヒュンと吹き、あたりが暗くなった。頬に冷たいものが当たった。天気予報は「夕方から雨」と言っていたが、早まったようだ。

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