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ヨハネによる福音15:9∼17「シェガレ神父の説教」

5月5日2024
B復活6主日 ヨハネ15,9−17 別れの言葉 渋川 2024

 イエスが受難の前に弟子たちを集め、最後の晩餐の席で別れの言葉を送り、愛の掟を守るように呼びかけます。他の三つの福音書にもイエスは一番重要な掟は何かと聞かれたら愛の掟だと答え、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい」(ルカ10,27) と言い、愛の掟は自分の全てを尽くすことだと教えます。
 今日のイエスが言う愛の掟は「尽くす」だけではなく、「とどまる」ことの大切さを強調しています。先週の葡萄の木の喩えにもイエスは「私の愛に留まりなさい」という言葉を言い繰り返していました。留まることは宿る、落ち着く、つながることを意味します。今日の箇所は「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と命じています。イエスの内にとどまることは祈りそのものであり、イエスとの親密な関係に与ること、全てを委ねることを意味します。   
 前のヨハネ13章はイエスが弟子たちに「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である」(ヨハネ13,34)と言い、愛の掟の新しさを強調していました。昔から預言者の口を通して神は「わたしの掟をあなた方の胸の中に授け、心にそれを記す」と約束していました」(エレ31,33)。新しいこの掟は律法と違って、決まりごとを自分自身の意思で守るべき掟ではなく、神から人間の心の中に刻まれた一種の掟です。この掟は10年前に女性歌手でフィリピンの娘である中島愛さんが歌っていた「愛の重力」に似ていると感じています。「愛し合う重力で皆が繋がっていて喜びを感じる」と彼女が歌っていたが、私たちも心の中にある愛の掟の下に互いに繋がり合わせられていることが言えます。
 愛の掟のもう一つの特徴は自由です。普通なら「自由」と「掟」は合わないはずだが、イエスのいう愛の掟は違います。私たちは弟子たちと同じで、イエスに選ばれた者として、奴隷や僕としてではなく、友と呼ばれます。友だちの間に秘密がないし、互いの心と思いが一致しています。選ばれて、弟子とされ、友とされた私たちは恐れから解放され、友であるイエスの言葉に自由に応え、従っていけたら幸いです。。
 愛の掟の第三の特徴は任命と責任の受け入れることです。イエスに愛されている私たちは派遣され、豊な実を結ぶように呼びかけられています。この任命によって、弱さと無力を感じていた弟子たちと同様に、私たちは主であるイエスの名によって、全世界に出かけて、愛の福音を伝えまるミションを与えられています。 愛の掟の故に任命された弟子たちはイエスの呼びかけに自由に答え、喜びを持って、派遣の祝福をいただきました。
 今日イエスの遺言として受け止められる愛の言葉は弟子たちの心に残り、彼らの宣教活動の力の源泉となったと思います。2000年たった今でもこの言葉はイエスの弟子である私たちの一人一人に向けられています。私たちは僕としてではなくイエスに選ばれた友として、愛の掟を守り、実りのある人生を送ることができれば幸いだと思います。 

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