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権中納言敦忠とは?

権中納言敦忠ごんちゅうなごんあつただとは?

生没年は、906年~943年。わずか37歳で亡くなりました。

本名は藤原敦忠といいます。
父は、藤原時平。
母は、在原棟梁ありわらのむねはりの娘。
在原棟梁は、在原業平の長男です。

★系図(作成中)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1983774621&owner_id=37979390

父の時平は、伊勢と交際していました。

権中納言とは、当時の日本の最高国家機関である太政官(だいじょうかん)の役職の1つです。

三十六歌仙のひとりです





38番でご紹介した右近(うこん)と、恋愛関係にあったと伝えられています。

右近が百人一首に残した作品は、、、

♪ 忘らるる
  身をば思はず
  誓ひてし
  人の命の
  惜しくもあるかな

だったわけですが、権中納言敦忠は右近への愛を神に誓ったそうです。

ところが、その誓いを破ったということで、天罰が下ったのかどうか、
37歳という若さで亡くなりました。


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