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牛丼

 先日、久しぶりにジムへ行った。

 月額¥7,000ほどのそのジムは24時間空いており、適度な混み具合なので非常に快適ではあるが、如何せん「通う」と言う行為が昔から得意ではない僕は、ジムに使う動詞は必ず「行く」になる。つまり、何が言いたいかと言うと数ヵ月ぶりの訪問であった。

 入会してからもうかれこれ、1年半になるが僕がランニングマシンで走るより、ただ季節の方が圧倒的なスピードで駆け抜けている事実がある。

 入会の手続きをする際に担当してくれた女性トレーナーは、筋肉質で水分量の少ない顔をしていた。きっとコンビニのレジ前にあるホットコーナーにおいて「肉まんやらホットドックやら、どれにしようか、、」と迷ったことのないタイプの人だろう。ただその瞳の奥に、私だって本当は迷ってみたいな、という曇りを感じざるを得なかった。

 そのジムは雑居ビルの4Fにあり、4Fに行くためにはエレベータに乗る必要があった。もっと詳細に書くのであれば「ジムに来ているのだから文明の利器などに頼らず、階段で行きなよ」という正当性の心を振り払って、楽をするためだけにエレベーターに乗った。行き先ボタンを押して、そこから沈黙の時間が流れる。といっても、エレベーターに乗る以前から一人なので沈黙であることは変わりない。ただ、雑踏が消え機械音との1対1の対話をする時間がはじまった。時間にしておよそ10秒足らずのことであるが、僕はそこであることを思い出した。

 それは就活中、定期的に借りていた南千住の1泊¥2,000という破格のホテルである。思い出したきっかけはいたってシンプルで匂いである。なんとも形容しがたいが、日曜日の夕暮れを彷彿とさせるその匂いはどこか僕を不安な気持ちにさせ、懐かしい気持ちを思い出させた。

 そんな僕の就活時代を支えてくれた恩師的激安ホテルの、ロビーや共同浴場で出くわす他の宿泊者の面々は、僕のような就活生もいれば、公園のハトに積極的に餌をあげていそうな中年男性、初めて聞くタイプの咳やくしゃみをする中年男性、中には終活生も紛れていた気がする。

 そんなメンバーが、もし仮に、本当に仮に"笑っていいとも"のテレフォンショッキングで観覧席に座っているシチュエーションがあったとして、100分の100アンケート(正しくは100分の1アンケート)を実施するタイミングがあれば、
  
『昨日、チェーン店の牛丼を食べた人。』

と言えば、見事ストラップが贈呈されるだろうと思った。
 かくいう僕もきっと、その観覧席の最後尾でこっそりボタンを押しているに違いない。

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