高丘親王航海記

最近読んだ本のなかで、あまりにもよかったので書かずにはいられない。
この本の書名を知ったのは、かなり前だった。
誰の本か忘れたが、この本を下敷きにして発想したと、どこかに書かれていたのだった。
たしか宇月原晴明の『安徳天皇漂海記』だったような気がする。
発想がおもしろそうだと図書館で借りて読もうとしたが、歯が立たなかった。
だいたい宇月原晴明の本はぜんぶ読めたためしがない。
デビュー作の『信長』も短編集『天王船』も買ったきり放りっぱなしだ。
難し気な言葉を駆使して、わけの分からぬことをくだくだ述べているので、付き合う気が失せる。
そのせいで、本作『高丘親王航海記』も、うっかり同様の本だと思って敬遠していた。
作者は澁澤龍彦だし、本の表紙もなんだか高尚な雰囲気だった。
広範な知識を駆使した、難解な本なんだろうな、と勝手に思い込んだ。
ところが、読んでみるとそれがちがった。
漫画でいうと、ONEみたいな絵柄で想像しながら読んだ。
細い線で、ちょっとデッサンが狂った感じだが、絵が下手な分、内容の濃さで勝負、みたいな作風に感じた。
主人公の高丘親王は知らなかったが、実在の人物らしい。
実際に60才を過ぎて、急に天竺に旅立って、そのまま消息を絶ったという。
ウィキペディアで調べると、この人が幼少だったころに起こった薬子の乱あたりのほうが、物語にするには波乱万丈でよほどおもしろそうに感じるが、そこは澁澤龍彦。一筋縄ではいかない。
薬子への想いを抱いて、いわば薬子の生まれ変わりに出会うために、天竺に旅立った、というコンセプトで物語をつくった。
冒頭は現実そのものだが、ものの数ページで奇怪な生物が現れ、これは幻想の世界なのだと分かる。
この本には何種類もの幻獣が登場するが、鳥にまつわるものが多い。それは薬子が「来世は鳥に生まれ変わる」と言ったからだ。それで、高丘親王が、薬子を求めて旅をしているのだと、はっきりと分かる。
ぜんぶがぜんぶ幻想世界じゃないところも気にいった。
ぼくはハイファンタジーがあまり好きになれない。
『ハリー・ポッター』や『不思議の国のアリス』みたいに、現実の世界から不思議の国へ旅立つ、イギリス流のファンタジーが好きだ。
(いや、『ハリー・ポッター』は途中で現実世界に魔法の国の悪者が攻めてくるから、地続きの世界みたいになっちゃってるけど。そこが新しいといえば新しいし、掟破りと言えば掟破り)
本作は、いつ不思議の国に入ったのか、最初からそうだったのかいまいち分からない。そのよく分からないところが良かった。
そういえば、『レプリカたちの夜』も、現実なのかそうでないのかいまいち分からない微妙なところが良かったのだが、作者は2作目以降、ハイファンタジーに走ってしまった。
現実世界に不思議が起こるから、その差がおもしろい。
不思議な世界に不思議なことが起きたって、当たり前じゃないか。
と思うのだが、みなさんはどう考えるのだろう。
ぼくがちょっとへんなんだろうか。

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