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村上春樹の「 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 」と小曽根真の「 ウィー・アー・オール・アローン 」【 本と音楽の紹介 】

今、ボクは語ろうと思う。(←ハルキ風に)


博士の太った孫娘の年齢と同じ年をさかのぼった時期、ボクは、病院のベッドにいて、片眼を失うか、最悪の場合、命を失うかもしれないと医者に宣告されました。だから、手術をするかどうかは、ひと月よく考えて欲しいと。

それからひと月、愚かな青年のために沢山の友人、恩師、親族たちが励ましに来てくれました。今だから改めて思います。今の自分があるのは、みんなの気持ちと言葉たちが、良い方向に心を動かしてくれたからです。心からの感謝以外に、何もありません。

手術を無事に終えてから、しばらく片眼で過ごす必要があり、腰の骨を削ったため、動くこともままなりませんでした。そんな時、親友が差し入れにくれたのが、「 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 」厚めの文庫上下2冊。片眼が使えないのに、長篇小説とは!いや、さすが! 10日間、ベッドから動けない生活が待ち受けていた自分が一番、欲していたのが活字だったのですから。

少しずつ、夢読みが目をならして一角獣の頭蓋から夢を読み取るように、計算士が右脳と左脳を使い分けてシャフリングをするように、この小説を、時間をかけて、じっくり読みました。しかし、読み終えるのには3日かかりませんでした。

また、目が疲れたら、親戚のおじさんがお見舞にくれたビートルズの「 ラバーソウル 」を繰り返し聴き、あるいは小曽根真の「 ウィー・アー・オール・アローン 」を飽きずに聴き続けました。こんなにじっくりと読んだり、聴いたりする経験は、このときが最初で最後だったかも知れません。

「 世界の終り 」の世界では、もっとも大事な局面で音楽(ダニー・ボーイ)が世界を動かし、「 ハードボイルド・ワンダーランド 」では、ボブ・ディランの歌声が、「 私 」の心を静かに鼓舞します。その素晴らしい経験を追体験でなく、実体験として共有できた、自分にとって、この小説は「 完璧な小説 」でした。

「 完璧な世界は存在しない(「 風の歌を聴け 」)」はずなのに、完全性を帯びた壁の中の世界(世界の終り)は、この完璧な小説のメタファーとして、私たちの住む世界(ハードボイルド・ワンダーランド)に、黄金色の輝きをもたらしてくれるのでしょう。

この話には、後日談がある。(←やはりハルキ風に)


昨年末のこと。勤務先の元祖平冷麺屋で承った、ご予約の名前が「 オゾネ 」だったので、(小曽根真さんみたいだなあ。)と夢想していたら、まさかのご本人だったという夢のような話です。

食事の気が散るといけないので、平常心で小曽根さんのことを知らない体(てい)で接客。何度も焼肉のロースと、締めの冷麺が美味しいと連呼して下さり、食後(閉店時間)にも、「 ずっと来たかったんですよ、実は私も神戸在住でして 」と、自己紹介を始められたので、すかさず「 小曽根真さんですよね。ファンです 」と伝えたら、それから父母も「 今年のライブに行きましたよ 」と登場し、しばらく談笑タイムに。

それから、自分が20年前に入院していたとき、小曽根さんのWe are all aloneに救われ、今は少しずつピアノで練習中だと言うことを話しますと、「 よくそう言って下さる方がいて嬉しいのですが、それは僕の演奏や曲ではなく、ジョナさんの感受性がジョナさん自身を救ったのですよ。冷麺が美味しいと感じるのも、私の感受性がそう感じるからですよね 」と話して下さいました。

翌日の兵庫県立芸術文化センターでのコンサートチケットを頂けそうだったけど、前日仕事なのだということを察して下さり、また火曜日(定休日)にコンサートがあればご案内いたしますよ。この出会いも縁ですね。また食べに来ます。と、にこやかに、そして颯爽と帰られたのでした。


それから、小曽根さんは、コロナ渦の中、約一月半の間、毎日かかさずご自宅から、世界に向けてライブ配信を行いました。もちろん、ほとんど毎晩、(リクエストを送りながら)拝聴しましたよ。一人で、時に娘と二人で、また妻も加わり三人で。夢のような時間をありがとうございました。  

今朝、娘と、来月のピアノ発表会に向けて、きらきら星の練習をしながら、あのときのことを思い出していたのでした。(完)

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