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小さな世界平和。

2024年8月22日木曜日
この年の8月下旬は、ゲリラ雷雨が毎日のように降り、傘を持たずには外を歩きづらい日々が続いていた。
千歳烏山駅を少し歩いたところに、こじんまりとしたベトナム料理店がある。この店は飲み屋でもあり、2階には弾き語りくらいの音量であればライブが行えるようなホールがあり、定期的に弾き語りライブが企画されている。私はこの日、友人の弾き語りライブを見る目的と、単純にベトナム料理が好きという理由でこの店に向かっていた。
千歳烏山に向かう京王線内、車内は満員とまでは行かないが混んでいた。私は、優先席の前でつり革に掴まりながら立ち、小説を読みながら到着を待っていた。私の前には、おそらくイギリス国籍と思われる男性が座っており、その隣には、いまにも叫び出しそうな様子で周りをキョロキョロと見渡す60代くらいの男性が座っていた。その人の目はいつ人を殴ってもおかしくはないほど狂気に満ちており、私は、いつ絡まれてもいいように心の準備をしておこうと思った。
千歳烏山まであと4駅、狂気に満ちた男性はカバンの中から徐に色鉛筆を6本ほど取り出した。私は、何をしだすのかとソワソワしながら横目でその男性のことを観察した。しばらく色鉛筆を見つめていた男性は、急に大声を出した。そして1つづつ色鉛筆の色を叫んだ。
「レッド!」
「グリーン!」
「オレンジ!」
「ブルー!」
「ブラック!」
「ブラウン!」
全てを数え終えたあと、急に隣のイギリス人を指さした。
「ホワイトーー!」
そして自分を指さした。
「イエローーー!」
再び隣を指さした。
「ホワイト!ホワイト!」
「ホワイトが何でここにいんだ!ここはプライオリティシート!スタンドアップ!」
「これだからホワイトは嫌いなんだ!今すぐこの国から消えろ!」

しばらく罵倒は続いた。
そのイギリス人が日本語を理解していたのかは分からない。どちらにしても、不愉快に違いなかっただろう。
同じく不愉快だった私は、さすがに次の駅で車両を変えようと決めた。

千歳烏山まであと2駅。
車両を変えようと外に出ようと考えていたのは私だけではなかった。気づいたら、何人かと一緒に他の車両に乗り換えていた。イギリス人の男性も車両を変えていてホッとした。

乗り換えたはいいものの、私が乗り換えた車両には何か違和感があった。
辺りを見渡すと、女性しかいない。ほぼ満員電車なのに男性の姿が1人も見当たらない。
間違えた。女性専用車両に乗り込んでしまった。
私の周りにいるおばさんの何人かは、何でお前がというような目つきで私を睨みつけた。
私は、体を小さくし、下を向くことしか出来なかった。

千歳烏山までの数分の電車内。国籍や性別の違いを短時間でこんなにも感じることは今まで無かったと感じた。自分が男性であり日本人なのだとこんなにも感じる時間は今まで無かったのではなかろうか。この何倍もの不愉快を感じながら、国籍や性別の違いに困ってる人はこの世に沢山いるのだろう。

千歳烏山、そしてベトナム料理店に着いた。弾き語りライブは既に始まっていたようだった。
店内に入り、ハイボールを頼み、それを持って2階のホールに行く。扉をあけた。ホールというよりは、畳の大部屋。ほぼ家だ。
20人くらいが床に座りながらお酒を飲んでいた。その奥で1人の男性が歌を歌っていた。日本語の歌だった。

ライブの前半が終わり、転換時間。
いい音楽と雰囲気のいい空間にも飲まれ、ほどよく酔った私は、気づいたら周りのお客さんと会話をしていた。
驚いたのは、日本人があまりいなかったことだ。
アメリカ人、中国人、インド人、ロシア人、フィリピン人、日本人。少し話しただけで6カ国。
6カ国の人が、お酒を飲みながら同じ音楽を聴いていたのだ。日本語の音楽を。
日本語が分からない人もいただろう。でも楽しんでいた。みんな笑顔だった。私も笑顔になり、少し泣きそうになった。

私は頭がいい訳では無いので無責任なことは言えないが、そんな自分でも直感的に思うことがある。差別はおそらく無くならないだろう。しかし、国籍も性別も関係なくみんなでお酒を飲みながら音楽を聴く今日みたいな日が確かにある。
断言出来る。その空間だけは世界平和だ。
本当の世界平和じゃなくても、小さな世界平和をできるだけ多く作り続けたい。

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