小説 「蛇口をひねる」 第三話
「このことは、えいみにはないしょで」
凛が何を言っているか、一瞬だけ理解出来なかった。代わりに、
「え?」という情けない声が口から漏れ出る。
…は?英美にだけ内緒?
どういうことだ。英美と凛は「親友」という言葉がお似合いの二人で、お互いの事を信頼しあっていて、音楽仲間でもあって、でも、部活は違くて。
それで、それで。あとは、あとは。
「なんで」
思わず聞いてしまっていた。私のモットーをかなぐり捨てて。
「聞かないで」
「…!!…?」
私は部員一人のこの部活が好きだったのに、いきなり来た凛を部員に入れてあげた。
入部届提出にも付き合ってあげた。
なのに。
何だこいつ。人が協力してやってんのに、その態度。
「あのさあ!私に感…」
「お願い、静かに!そと!」
そこで意識が自分に戻ったような気がした。
「…でさ、」
こつっ、こつっ。
「あーわかるー」
こつっ、こつっ。
そこで私はようやく、教室の外から聞こえる足音とだんだん近づいてくる英美の声に気がついた。
私は危機管理意識が希薄だったみたい。
と、脳内実況で誤魔化さなきゃいけないくらいには恥ずかしさと罪悪感を感じていた。
「ごめん、周り見えてなかった」思わず謝る。
「でしょ」凛はそういうと、机の上の荷物を引っ掴んでドアをそろりと開ける。
そしてそのまま教室を出ていく。直後聞こえたのは、階段とは反対側の方向へ駆けて行く足音。
次の瞬間、ドアがガラリと開き、
「おはよ、今日も相変わらず早いね」
という英美の声が背後からする。
間に合った。私はほっと胸を撫で下ろした。
と同時に、胸の中に残る澱のような何かの正体に気がつく。
…あれ、そもそもどうして凛は英美に吹部退部の事実を知られたくないのだろう。
放課後。私は五階の図書研究部部室で凛に活動内容の説明をしていた。
正直、これからの毎日にワクワクしている。だって、友達と二人だけの部活生活なのだ。
「活動日は毎日だけど。普段何してるんだっけ?図書研究部って」
凛が不可解そうに言う。「こんな暇そうな部活がどうして」とでも言いたげに。
「先生方の事務作業の手伝い」
「…というと。」
「大量の小テストの丸付け」
「あー…」
明らかに乗り気じゃない。まあ、そりゃそうか。
でもどうせやらせるんだし、理由は説明しなくていっか。
「部活が始まったら、職員室に小テストの入った引き出しがあるからそこから小テストを取る」
「うん」
「丸付けしたら採点して、パソコンでテストごとに作られた記録表に生徒ごとに点数を記録して平均点まで出す」
目の前には明らかにめんどくさ、という表情の凛の顔があった。
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