小説 「蛇口をひねる」 第四話
帰り道はいつも一人だ。疲れた日も、そうでもない日も。それはきっと今日だって。
…そんな文章を脳内生成しながら、夕焼けを見る。ふと反対方向に首を向けると、学校支給のパソコンのキーボードを叩きながら、横の小テストの束(採点済み)に向き合う凛の姿が。その懸命な姿に、思わず口角が上がってしまっているのに気付いた。
…きれいだな。風に揺れるカーテンみたいな黒髪も、キーボードを叩く音も、夕焼けに照らし出された横顔も。
そして私は視線を窓の外に戻す。茜色の空に見惚れていると、幸せが込み上げてくるみたいだ。友達同士でやる変な部活。隣の友達。綺麗な景色。聞こえてくる音たち。全てが愛おしく感じる。
私は、毎日の生活に、苦しいと思うことは無い。疲れたな、と思う事はあっても。
辛いとは思わない。
そう。
絶対に。
だってこんなに充実しているんだから。
その時、真横から、
「やっっっっと終わったー」
と力の抜けた凛の声。
「お疲れ!もう帰って良いよー」
「?でも、いつもれーちゃんはもっと帰るの遅いよね?」
「ああ、それは最終下校時刻ギリまで読書してるからだよ」
「ああー…でも私は帰っていい?」
「良いけど、なんか用事?」
「最終下校時刻に帰ると吹部の人間と会っちゃうから気まずいんだよ…」
「あー」
…「あー」とは言ったものの、私の頭は二つの疑問で埋め尽くされていた。
一つ目、彼女はどうしてそこまで英美に自分のことを知られたく無いのか。
二つ目、凛はどうして私に嘘なんてついたのか。
彼女は「気まずい」なんて感じない人間なのは私が一番分かっている。だって、いちゃついているカップルがいる教室に「忘れ物した」だけでのこのこ侵入する彼女だ。
今思い出しても本当に信じられない。
そんな彼女がいち早く帰りたい理由があるとすればもうそれは英美だ。断定できる。
だって用事とかがあれば私に正直に吐くだろうし、何よりあの会話の時の顔は、英美に関わることを話す時の凛特有の顔だった。少しはにかんだような顔。
私が彼女のするものの中で唯一、でも心底嫌いな表情。
何で嫌いなのかは分かっている。
それは私が、「ぶりっこ」な存在が全て、どんなものでも大嫌いだからだ。
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