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小説 「蛇口をひねる」 第五話

 小学校五年生の頃の話だ。
あの時は、私はろくに友達もできず、休み時間が来ると自分の席で本を読んで毎日を消化し続けていた。そしてそんな自分を内心かっこいいと思っていた。どっかの恋愛小説に出てきた優等生ヒロインみたいで。正直恥ずい。うーーーーん。
そして、そんな私にとって、休み時間に騒ぐような奴は敵だった。


 「ぎゃー」
「タッチ!次お前が鬼なー」
廊下で鬼ごっこをするバカな男子どもの声。
「あ、京子ー!」
「うん、今行くー!」
馬鹿騒ぎしている女子の声。
こっちは読書しようとしてんのに、これじゃ集中できない。どうしてくれるんだ、全く。
ああ、うるさい、うるさい、うるさい…
そして私の耳が、一番聞きたく無い人物の声を拾ってしまう。
「あー♡蓮くんすごいね?」
できるだけ聞かないように。聞こえないように。
もっとページに書かれた文字を集中して辿ろう。
「私もやってみたいなあ?れーんくん?」
ああああああっもう無理!
私は席を立って、ドアまで走って、
「…蓮くんさ…」
お願いだから出てってあげるから今は喋らないで!!
ドアを開けて、出て、閉める。
「ふう…」ホッとした。ドアに寄りかかる。
それにしてもあの子は何なんだ。いつもいつも、騒いでばっかり。
この間の音楽の授業でも、
「私この歌嫌いー歌いたく無い」なーんて言って、
「ちょっと!もう五年生なんだから発言には気をつけなさい?」
と先生にたしなめられていた。どうして先生たちはもっとあの子のことをキツく叱らないのだろう。だって、あの子は、学級会でも算数の授業でも国語の時間だって、同じようなことを、何回も、何回も。

なのに先生たちは、どうしてあの子には優しくて、私には厳しいの?
分かってる。それは私が忘れ物が多いから。あの子の嫌な言葉を吐いた回数と同じくらいやらかしてる。
じゃあどうして、私にだけ、先生はきびしいの。
……そっか、それはあの子が可愛いからなんだ。
あの子は顔もいいし、声も可愛いし、スタイルもいい。もちろん容姿だけでなく、動作や言葉の一つ一つまでも、可愛い。
こんなことを考えると心臓のあたりが激しくウズウズしてたまらなくなるんだけど。

なら、私はあの子みたいなのは大嫌いだ。
だってあの子ばっかり、ひいきされるだなんてずるいじゃ無いか。ひどい。
また心臓がぐるぐるモヤモヤ。


 本当にそれだけの話だ。私が「ぶりっ子」が嫌いな理由なんて。
でも毎日あんな子と一緒にいるのは、正直「最悪」としか言いようがなかった。
しかも中学三年生の今も、私の周りにそういう子がまとわりついている。
…そんなふうに色々脳内実況しながら自転車のペダルを漕ぐ。風がさーっと体を撫でていく。気持ちいいな。
学校までは、あと十五分。

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