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小説 「蛇口をひねる」

第一章 5月

 新学期が始まってから早一ヶ月。この生活にも随分と慣れてきた。
午前七時半、教室のドアをガラッと開けても、予想通り誰も「おはよう」とは言ってくれない。
一番乗りで教室にたどり着いた優越感を噛みしめつつ、席に座って参考書を開く。
問題を解く。ただそれだけの時間が一時間流れた後、ホームルームが始まった。
ホームルームって、何で「ホームルーム」って言うんだろう。
「おはようございます」
惰性で挨拶をして、着席する。


 二時間目が終わるとすぐに友達の凛と英美が私の席にやって来た。
「昨日お母さんがさ…」
「この漫画いいよね」
「定期テスト終わったら遊びいこーよ」
たわいもない会話をしていると、あっという間にチャイムの音。
楽しい。私にはすごく楽しい。友達と無駄話に花を咲かせるだけの時間が。
こんなことを数回繰り返すだけで部活というボーナスタイムに入れるなんて、私は何て幸せなのだろう。そう思う。
 だけれどもこんな時間はすごく苦痛だ。
「天野、お前また課題忘れただろ」
平静を保って。慌てずに答えれば、真摯に謝れば。
いける。
「すみません…次の授業までには持って来ます、絶対。」
「よろしく頼むぞ?」
うまく行った。ほっ。
私は忘れっぽいから、こういうことがよく起こる。
悪い日は一日に五回くらいは。
だからその度、こうして萎縮し続けている。


部活の時間。私は一回から階段を登って、校舎の五階に辿り着く。
「はあ、…はあ…」
この学校、階段急だし。めっちゃ疲れるんだけど…
私は目の前にある「図書研究部」のプレートがついた扉を開いた。
「こんにちは」
と言ってみたものの、誰も返事をしない。
私はこの狭い部屋に置かれたテーブル、その周りに安置されたパイプ椅子をちょうど良い位置に持ってくると、一人本を読み始める。
…たのに、なぜか集中出来ず。10分ほどで本を閉じてテーブルに投げ出してしまった。
退屈だ。
どこかから聞こえてくるトランペットの音に耳を澄ましつつ、校庭でうごめくサッカーボールたちをぼーっと見つめる。そういえば、凛って吹部だったっけ。
その時だ。
「やっほー」
見知った声がした。

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